第1章 第1話・建国者のアンナ(前編)
ここは地球とは違う異世界・「モンデュ」。この世界には、大陸は2つしかない。ひとつは、西にあるオーエスト大陸。オーエスト大陸の諸国は、いずれも並々ならぬ科学技術を持ち、ともに貴族層が参加する議会で構成される。もうひとつは、東にあるオスト大陸。近年発見されたこの大陸へは、西側のオーエストから新参者の開拓移民が押し寄せていた。もちろんその大半は、故郷で罪を犯してオーエスト大陸に居られなくなったならず者や、領地経営が行き詰まり破産してしまったため借金のカタに領地や爵位、邸宅までをも奪われた「流浪貴族」が大半である。「未開で貧弱」といわれる彼の地に行きたがるものなど、どこにもいない。
しかし、そんな近年発見された新大陸に、憧れを持つ奇妙な人物がいた。オレンジ味がかかる赤い長髪を持つ、彼女の名は「アンナ・カボット」。ジェノベーゼの町の年若き少女である。彼女の家は「流浪貴族」ではない、それどころか「ジェノベーゼ市国」とも呼ばれるこの町で、代々・副統領を務める家系だ。「ジェノベーゼ市国」の領土はジェノベーゼ市全体におよぶ。国のトップである統領が政治の全権を取り仕切り、コロンボス家という一貴族が代々その地位を世襲する。副統領を世襲するカボット家はコロンボス家を陰に陽にサポートする立場で、いわば国の宰相にしてコロンボスケ家の忠実な手足にあたるといえよう。
アンナ・カボットは、そんな恵まれた境遇にいた。ただひとつ、「この国の女子は、参政権が剥奪されている」という事実を除けば。この国の国民は「市民」と呼ばれ、さまざまなランクがある。その中でも、大きく分けて「ファウンダーズ」「パブリカン」「アライアンシーズ」という三区分がある。
「ファウンダーズ」は、建国の功臣の子孫。税金や兵役が免除されるほか、海外への自由渡航、投票や立候補といった万全な参政権が保証される。
「パブリカン」は、「公民」の意味がある。ジェノベーゼ市国に対し、勤労・納税・兵役による奉仕義務を有し、その見返りとして選挙に際しての投票する権利が認められている。
「アライアンシーズ」は、同盟者。かつてジェノベーゼ市国がパスタ半島の全土を征服するにあたり、敵対した勢力の末裔である。パブリカンと同じく三種の奉仕義務を課せられるが、選挙の投票券は認められない。そのかわり、現代の「アファーマティブ・アクション」に似た社会制度が憲法で認められており、そのおかげもあり企業の上役や公務員、とりわけ教師、司書、看護師・警察官といった資格の必要な職種はこの「アライアンシーズ」が大半を占めている。免税の代わりに、海外渡航はいちじるしく制限され、徴兵制の対象となる。免税と自治を認められる代わりに、外交権を剥奪され、軍役を負担させる。
しかし、先ほども言ったほのめかしたように、これは男性に限る話だ。たしかにアンナ・カボットは、「ファウンダーズ」の家系。しかも、建国にあたり初代国王とともに戦場を駆け回り、時には外交官や内政官としてオールマイティに活躍した人物、いわば「建国のMVP」を直接の祖に持つ。しかし、そんなカボット家の人間でも、女性ともなれば話は別だ。税金や兵役といった各種義務は、どの身分も課せられない。だが、就職や結婚はおろか、まして契約を結ぶことすら認められない。つまり、街でパンを買うにしても、公園や芝居小屋に赴くにしても、必ず男性の付き添いが必要だ。彼女の場合は、には、幼い頃から姉と弟のように育った「セバス」という少年が常にそばに控えている。もっとも、彼女にとって幸運なのは普通の貴族(「ファウンダーズ」と「パブリカン」の総称)の令嬢とは違い、「セバス」が彼女にとっての一番の理解者であることだ。
ふかふかのソファで本を読む彼女。お気に入りの『アーサー王伝説』を読みながら、アンナ・カボットは「ふわぁ」とあくびをした。
「ほんと退屈ね、セバス。」「はい。ですが、平和なことは結構なことではありませんか。」
セバスは、ガラスの器に高い位置から紅茶を注ぎながら、答える。セバスがお茶を差し出すと、アンナは軽く頷いて謝意を示し、そっと口を付ける。
「やっぱりセバスのお茶は美味しいわ。でも、もっと温かいのでのみたいわね。」
「しかし、このガラスの器ではこれぐらいの温度が限界です。」
「そうね。」とアンナはため息をつく。
この国の男性たちは、あまりにも保守的すぎる。まず、女性に参政権を認めない。次に、他国への侵略を行いすぎる。さらに、あまりにも他国の文物を排斥しすぎる。欠点を挙げていけば、切りがないのでアンナは考えるのをやめた。