1 暑い
空を見上げると、太陽が容赦なく目をさす。手をかざした隙間から見える空は、雲一つなく晴天だ。
タオルで頬を伝う汗を拭う。
もうかれこれ30分ここにいるが、待ち人はまだ来ない。
周りを見渡してみても、私以外に誰もいなかった。延々と続いているようなアスファルトの道はしんと静まっている。
暑い。麦わら帽子を脱ぎ、ボサボサになったポニーテールを結び直す。汗が気持ち悪かった。出る前に塗った日焼け止めはこの汗で落ちてるかもしれない。
木陰にいることがせめてもの救いだろうか。
下を向き、アスファルトに点々と出来た汗のシミを眺める。しかし、それもすぐに乾いていった。
こんな暑さでも、まだ蝉の声は聞こえない。急に夏が遠く感じて、少し憂鬱な気持ちになる。
時計を見ると、もう約束の時間から40分経っていた。
さすがに待つのはやめようかと考える。
喉が渇いてきたので、少し先に見える自販機へ歩き出す。
ジュースを飲んだらもう帰ろう。
そう決めたら、延々に続きそうに感じた時間が動いた気がした。歩いてみると案外近いもので、気づいた時には自販機にたどり着いていた。
迷わずポカリを選ぶつもりだったが、あるのは見たことのない缶ジュースばかりだった。近づくまで気づかなかったが、自販機は古い物のようだ。肝心の缶ジュースをよく見てみる。『チキンケーキ多次元シェイク』、『坦々麺未来サイダー』、『健康激辛異能赤汁』....期待はしていなかったが、明らかに異質な物ばかりで思わず脱力する。しかし、喉がかわいて仕方がなかったので、その中で1つだけある名なしの『?』と書かれた100円ジュースのボタンを希望をかけて押してみる。
ゴトンと音を立てて出てきたのは、『運命激変激甘麻婆ミルクティー』と大きく書かれた缶ジュースだった。手に取るとひんやりと冷えている。
ぬるくなかっただけまだマシ...と思い込みながら蓋を開けると、プシュッと小気味の良い音を出した。おそるおそる飲んでみると.....予想通り.....というか、予想を遥かに超えてまずかった。形容できない味だ。少し飲むと、喉の渇きが治まってきた。代わりに気持ち悪さが押し寄せる。なんだか頭がぐらぐらして、目がかすむ。まるで地震でも起きているようだ。思わず座りこんでしまう。明らかにおかしい。こんなの飲むんじゃなかった...
しばらく座り込んでいると、頭のぐらつきも治まってきた。
額に缶ジュースを当てながらとりとめもなく考える。もう帰ってしまおうか。約束の時間からは、既に1時間経過していた。
大きなくしゃみをする。こんなに暑いのに、なんだか寒く感じてきた。やはりおかしい。もう帰ってしまおう。彼女は約束を忘れているかもしれない。そう決断して立ち上がる。
口に残るジュースの味を感じながら帰路に着いた。