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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第3話 罪深き始祖たちは帝国を愛している

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01-1.それは我が子を愛する母の姿だった

* * *



 海の中に溺れていくような夢を見た。


 息が苦しい夢だった。


 ……変なの。


 いつもとは違うと感じる。


 ……苦しくて、悲しくて。


 だが、それがどうして違うのか理解が出来ない。


 考える前に、思考は纏まらずに流されてしまう。


 ……いかないで。


 流されながらも、手を伸ばす。


 何度も現れる彼女を救おうと、声を掛けようとするのに声は出ない。


 ……もう、大丈夫だから。


 何度も何度も、彼女の周りを漂う。


 ……私が助けてみせるから。


 水流に逆らう事は出来ないのと同じだ。


 深い海に溺れていくように、巻き込まれる。


 元に場所には戻る事は出来ずに、何度も目の前に現れる彼女を助けようとしては、離れていくのを繰り返す。


「ひっ、くっ」


 聖女、マリー・ヤヌットは泣いていた。


 大粒の涙で地面を濡らし、罪を嘆くように声を上げる。


「あ、ああああっ」


 誰も居ない場所でマリーは、何度も叫ぶ。


 泣き叫ぶ。助けを求めて叫ぶ。


 ……泣かないでよ。


 だからこそ、そんな彼女を助けようと手を伸ばす。その手は、届かない。


 ……泣かないで。


 だからこそ、人間であることを棄てられなかった。


 だからこそ、マリーは泣き続ける。


 助けを求める声を上げながら、手を差し出されていることも知らずに、ただ、罪を嘆くことしかできない。


 マリーは泣いていた。大声を上げて泣いていた。


 ガーナは、泣くことしかできないマリーに手を伸ばす。


 けれども、その手は届かない。


 声を掛けようとするのに、声は出ない。


 ……また、だ。


 なにもできないまま、ガーナは、深い海に飲み込まれていく。


 ……また、私の手は届かなかった。


 救うことも、なぜ、泣いているのかと問うこともできない。


 成す術もなく、飲み込まれていく。



* * *



「――ねえ、シャーロット」


 穏やかな声で、シャーロットに話しかける。


 豪華絢爛の派手な椅子に座るシャーロットの視線は、マリーに向けられた。


 その眼は、マリーが知っている冷たいものではなかった。


「なんだ」


 相変わらず、退屈そうな表情はしている。


 それでも、生き続けることに疲れたような顔はしていなかった。


「私をどうして家に入れてくれたの?」


「我が子たちが、聖女に会いたいと言ったからだな」


「そうなの。ジョンとアントワーヌのお陰なのね」


 幼い子どもたちに向けられていた視線と同じ視線だった。


 誰かを慈しみ、愛し、守ろうとしている母の眼をしていた。


「可愛い子たちよね」


「そうだろう。私の自慢の息子と娘だ」


 シャーロットに似た容姿をしている息子と娘。


 彼女は、二人とも父親に似ているのだと主張していたことを思い出す。


「母様。アントワーヌは聖女様と遊びたいですわ」


 アントワーヌは、シャーロットの膝の上に両腕を乗せ、強請る。


 目の前にいるマリーに遊ぶように要求しないのは、母親に構ってもらうための口実に過ぎないからだろう。


 アントワーヌの隣に座っているジョンは、マリーに視線すら向けなかった。シャーロットに与えられた菓子を頬張り、アントワーヌの様子を伺っている。


「そうか。また遊んでもらえばいい」


「今日はだめなのですか?」


「今日は用事があるそうだ。また、後日、暇を見て来てもらおうか」


 楽しそうに母親にじゃれついている子どもたちは光に満ちた瞳を、真っ直ぐに、痛々しいくらいに純粋な視線を尊敬する母に向けている。


「二人とも私の大切な子たちだよ」


 愛おしい子どもたちの為ならば、シャーロットは、どんな事でもするだろう。


「可愛いだろう?」


「ええ。とっても。二人ともシャーロットによく似ているわ」


「そうかい? 私は夫に似ていると思うんだが」


 シャーロットは子どもたちのことを溺愛していた。


 誰から見ても分かるほどに愛していた。


 子どもに対する愛情は、この時代では珍しいものだった。


 貴族階級である者にとっては、子は政治の道具であり、家を繁栄させる為だけの存在に過ぎなかった。


 それはこの時代の帝国では常識だった。


 それが覆されたのは、シャーロットの我が子を溺愛する姿が、有名になってしまったからだろう。


「貴女は、私を恨んでいるの?」


 問いかけながらも、数年前の事を思い出す。


「貴女の幸せを壊すことしかできない私のことが嫌いじゃないの?」


「私は幸せを満喫しているが?」


「それで満足できるような人じゃないでしょう?」


 突然、結婚することになったと事務的に報告し、そのまま帝国軍部から身を引こうとした。


 結局は、脱退することは許されず、シャーロットは軍部に属している。


 母親を尊敬する子どもたちは、シャーロットの罪の重みを知らないのだろう。


「シャーロット。貴女は、内戦が引き起こされなければ、次の女帝に君臨するはずだったわ」


 シャーロットは、特別な地位を確立し続けることを許されていた。


 その身に流れるのは、正統なる王家(レイチェル家)に連なる尊き血だ。


 今後、表に出ることはないであろう滅びた王家の血は引き継がれている。


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