07-3.“強欲の災厄”は過去に囚われ続けている
シャーロットが人間として生きていた時代では、貴族ならば誰もが習っていた魔術の一つである。
現代では、犠牲なしには使うことができなくなっているのだろう。
レインを生かす為には犠牲が払われた。
レインとシャーロットの姉、サニィはその魔法の犠牲者となったのだろう。
「“姿を見せてはくれないだろうか”」
シャーロットの声に応えたのだろう。
レインの額には小さな結晶が浮かび上がった。
そして、それはシャーロットの掌の中に零れ落ちる。
「……アントワーヌ」
物を言わない結晶だった。
それは生きているとは思えない。
ただ、優しい光を放つ結晶は温かい。
「このような姿になる前に戻ってやれなくてすまなかった」
シャーロットはアントワーヌが転生をしていることに気付いていた。
彼女はレインとは異なり、前世の記憶を所持したまま転生をしていた。
「アントワーヌ。母は、ようやく、お前たちの元に帰ってこられたよ」
そのことを打ち明けられることはなかったものの、公爵邸で顔を合わせるたびに彼女は嬉しそうに笑っていた。
……お前はお前として生きていてくれたのならば、それでよかったのに。
その笑顔は、シャーロットにとっては救いだった。
「許しておくれ、アントワーヌ。お前のことを本当の名で呼ばなかった母のことを。アントワーヌが覚えていると知っていたのに、意地をはっていた母のことを」
シャーロットは、一度も姉と慕ったことはない。
シャーロットの目に映るサニィは、愛娘のアントワーヌだった。
それに気づいていたのにも関わらず、シャーロットはアントワーヌが望んでいた振る舞いを一度もしなかった。
「私の可愛いアントワーヌ。可愛いアン。必ず、お前の姿を取り戻してみせよう」
だからこそ、アントワーヌはレインの為に身を賭したのだろう。
そうすれば、シャーロットがアントワーヌの願いを叶えるために動くことを知っているからこその賭けだったのだろう。
「愛おしいアントワーヌ、私たちの愛娘」
……どうして、そこまであの男にこだわる。
生前、アントワーヌは何度も願いを口にしていた。
シャーロットはその願いを叶えることはできなかった。
……愛されてはいただろう。それでは納得できなかったのか。
結晶を撫ぜる。
淡い光を放ち続ける結晶はその存在を主張していた。
ただ、それだけのことだと頭の中ではわかっていながらも、シャーロットは優しく撫ぜる。
……あの男がお前を幸せにすることはできないのに。
否定するのは簡単だった。
それだけでは、アントワーヌを止めることはできなかった。
「意地の張り合いはもう止めよう。お前の意思を尊重しよう。母は、アンの恋を誰よりも応援すると約束するよ」
七百年前もそうだった。
シャーロットはアントワーヌの恋を反対した。
「アントワーヌ、可愛い私の愛娘。お前の恋を応援してやれなくてすまなかったね」
受け入れてくれないのならば、家出をするような行動力のある娘だった。
それでも、強引に家に連れ戻し、何日も説得をしたことがある。
それはアントワーヌの心には届かなかった。
アントワーヌは初恋に溺れていた。
それは、叶わないからと諦められるような恋ではなかった。
「今はまだジョンと共に居ておくれ。必ず、そこから救い出してみせよう」
幼い子どもにするように口づけをする。
眠れない子どもにするように笑いかけた。
「おやすみ、アントワーヌ。今度は母に守らせておくれ」
くるり、くるりと結晶は回る。
レインの額の上に着地をすると眩い光を放つ。
それはシャーロットの言葉に対して、返事をしているかのようにも見えた。
再び、レインの中へと消えていく結晶に手を伸ばすが、掴むことはできない。
そうすることで、レインを生かすのだ。
「母を恨めば良いものを、母を憎めば良いものを。お前たちはどうしてそれをしないのだ」
そうすることで、レインが患う病を抑え込んでいるのだ。
そう思わせることでサニィは、生き続ける道を選んだのだろう。
「呪われたのは母の責任だと、声を荒げればいいものを」
シャーロットが施した魔術の影響下にあれば、結晶はレインの体内には吸い込まれることはない。
時が来るまでの間、レインの中に隠れているのだろう。
「そうすれば、私はお前たちの為になるのならば、この命を捨ててやれたのに」
生きる希望などなかった。
帝国の為に生き続ける日々には希望はなかった。
「可愛い我が子。お前たちが生きていてくれるのならば、それほどに嬉しいことはない」
望まれるがまま、戦場で活躍をする姿は帝国民の希望となったことだろう。
それでも、シャーロットはなにも満たされないまま、生き続けていた。
現役軍人でありながらも、戦時中以外は領内にある屋敷に籠っていた。
呼び出しがかからなければ、人前に姿を見せないことも少なくはなかった。
「何を犠牲にしてやろうか」
それが許される立場だった。
その立場に甘んじるように、息をしているだけの日々も少なくなかった。
「可愛い子たち。お前たちが望むのならば、母はなんだってしてやろう」
意欲的に政治に関わることは許されず、怠惰な日々はなにも生み出すことはない。
それはシャーロットにとっては、生きることの意味すらも奪い続ける日々だった。
「それが我が子たちの望みではないのならば、仕方がない」
レインの頭を撫ぜる。
……【物語の台本】の改悪による歪みだ。
帝国が存在をしていくのには必要不可欠な呪詛だった。
それを書き換えるように促したのはシャーロットだ。
それを知る者は限られている。
……それを訂正するのは私の役目だ。
シャーロットには行動をする口実が必要だった。
口実を得る為だけに、百年前、聖女であるマリーを誑かした。
……舞台の準備はできた。
ガーナはシャーロットのことを心配していた。
イザトも心配をしている。
その気持ちはシャーロットには伝わっていない。
……二度と奪わせない。
縋りつくかのようにレインの頬を撫ぜる。
それから、優しく、額に口づけをした。
幼い子供にするように、愛おしそうに行う。
「大丈夫だ、二度と引き裂かれない」
……改悪により狂い始めている。
聖女はそれを望んだわけではなかっただろう。
すべてはシャーロットの掌の中だった。
……書き直すのには絶好の機会だ。
【物語の台本】には禁忌が存在する。
その禁忌を無効化することがシャーロットの目的だった。
そうしなければ、シャーロットの愛する子どもたちは救われることがない運命に翻弄され続けることにより、それは命を奪おうとし続けるだろう。
それを知ってしまったからこそ、シャーロットは打開策を探し続けていた。
……ジャネットを懐柔したのは正解だったな。
【物語の台本】の機能が停止すれば、帝国を危機に陥る。
千年前、シャーロットたちが英雄として担ぎ上げられた時のように、帝国全土が揺れ動くような事件が引き起こされるだろう。
すべてはシャーロットとジャネットの計画によるものだった。
「今度こそ、お前たちを死から遠ざけてみせる」
シャーロットは千年前から変わっていない。
特定の人間だけに愛着を持ち、その愛は衰えることはなかった。
愛する者たちが望むのならば、役目を放り出してしまうだろう。
「呪いなど知ったことではない。千年間、奪われ続けたものを取り返すだけだ」
シャーロットは、始祖の中でも問題児であった。
才能は飛びぬけていたものの、帝国の為に生きているわけではない。
シャーロットは、呪いに足掻いていた頃となにも変わってはいない。
「今度こそ幸せになっておくれ。それが、私の唯一の希望なのだから」
願いを叶える為だけに力を手に入れた。
それが禁忌だと知っていながらも手を出した。




