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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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07-2.“強欲の災厄”は過去に囚われ続けている

「そんなに苦しそうな顔をして夢を見るものではないよ」


 シャーロットの足元に転がっていた本は、意志を持っているかのように床の上を移動し、道を作る。


 ベッドの傍まで来たシャーロットは、眠っているレインの傍に座り、優しくレインの頭を撫ぜる。


「ジョン。お前の第二の人生を台無しにしてしまったな」


 レインは前世の記憶を持っていなかった。


 しかし、物心ついたころからレインはジョンと同じだった。


 食の好みも興味も、言葉の言い回しも、誰かが教えたわけではないのにもかかわらず前世と同じものだった。


 その性格もなにも変わらなかった。


 ジョンはレインとして転生を果たしていた。


「私は、お前たちが幸せになってくれたのならば、それでよかったんだ」


 それだけのことだと頭ではわかっていながらも、シャーロットは簡単には受け入れることができなかった。


「弱い母を許してくれとは言わない。それを言う資格すらも、私には持ち合わせていないからな」


 レインと接すると思い出してしまうのは、最愛の子どもたちを失った日の記憶だ。


「お前たちに憎まれてもかまわなかったのだよ」


 取り戻すことができない愛おしい日々が、シャーロットを蝕み続けた。


「それで、お前たちが幸せになってくれるのならば、それでよかった」


 だからこそ、シャーロットはすべての記憶を取り戻した十年前の雨の日、公爵邸を離れることにした。


 大切に思っているからこその幸せになることを願い、離れることを選んだ。


 恨まれてもかまわなかった。

 憎まれる覚悟はできていた。


 それにより、レインが自分自身の人生を歩み、シャーロットに関わることもなく幸せになれるのならば、それでよかったのだ。


 それは意味がなかったのかもしれない。


 それでも、レインは前世の記憶を取り戻すことを選んでしまった。


「可愛い私たちの息子。私たちの最愛の子ども。私の宝。お前たちはいつだって私の生きる意味になってくれる」


 ベッドに腰を掛けて、レインの頬に触れる。


 柔らかく、暖かい感覚を感じて、幸せそうに微笑んだ。


「大丈夫だ。私は二度とお前たちを苦しめない。家族の幸せを壊そうとするものには従わない。その為の準備は整った。今度こそ、幸せになろう」


 シャーロットの野望は、帝国の平和を揺るがすことになるだろう。


 それでも、止まることはできなかった。


「ジョン、アントワーヌ」


 シャーロットは二人の我が子を愛している。


 だからこそ、七百年前、守ることすらもできなかった子どもたちと再会を望めなかった。


 帝国中に張り巡らされた呪詛の影響下を抜けることも、抗うこともできず、子どもたちを助け出すことができなかった。“


 強欲の災厄”と恐れられながらも、守りたい者たちは簡単に手のひらから零れ落ちていく。


 それを嘆くことも許されなかった。


「愛しい、愛しい、最愛の我が子たち」


 シャーロットが、帝国に対する不信感を抱いたのはその頃だった。


 帝国に尽くす意味を失ったのは、その頃だったのかもしれない。


 始祖となる以前から、シャーロットは家族や身内のように接している使用人、友人、領民に対しては寛大な態度を見せていた。慈しみの心も持っていた。


 それは始祖には不要なものだったのかもしれない。


 それでも、シャーロットはそれを捨てることはできなかった。


「お前たちのことを忘れた日はない」


 レインの髪を撫ぜる。


 忘れることはできなかった。


 我が子を思わない日はなかった。


 我が子の平穏を願わない日々はなかった。


「愛しているよ、可愛い子どもたち」


 何世紀にも渡り、生家を見守り続けてきた。


 すべては、最愛の子どもたちとの再会を望んでいたからこその行動だった。


 それが、子どもたちにとって、幸せではないのかもしれないと思い直したこともあった。


 しかし、今となっては、そのように考えることすらも無意味だと感じてしまう。


 共にいることを望んだのはレインだ。


 その願いは前世から引き継いだものなのか。


 それとも、レインが解決策を探し求めた結果だったのか。


 どちらにしても、シャーロットはレインが選んだのならば、その手を振りほどくことはできなかった。


「“共に生きることを望まないのか”」


 子守歌を唄っているかのようだった。


 レインの髪を解きながらシャーロットは魔術を紡ぎだす。


「“何度も問いかけよう。この声が届くまで問いかけよう”」


 言葉に魔力を乗せる。


 それだけで魔術はこの世界に生み出される。


 現代を生きる魔法使いや魔女にはできない至難の業だ。


「“私は貴女を欲している。私は貴女を愛している”」


 それは、シャーロットには理解ができないことだった。


 シャーロットの目には、精霊や妖精と呼ばれている亜人の姿が見えている。


 シャーロットが紡いでいく魔術を応援するかのように、レインの周りを浮遊する妖精たちは楽しそうに笑いあっている。


「“貴女たちは私の最愛。愛おしい我が子。狂おしいほどに愛している”」


 妖精たちはシャーロットの声に合わせて、それぞれの歌を歌い始める。


「“母を思うのならば答えておくれ。兄を思うのならば答えておくれ”」


 レインの表情は苦しそうなものになる。


 それに気づいていながらもシャーロットは、魔術を紡ぎ続ける。


「“お前の役目は母が担おう”」


 レインの身体にかけられていた魔法が弾けた。


 一瞬、息が詰まったかのような音がした。


 シャーロットは、慣れた手つきで弾けた魔法の代用となる魔術を施すと、再び、呼吸音は安定したものになった。


 それは多すぎる魔力の流出を防ぎ、必要のない魔力は、自然の中に溶け込ませるものだ。


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