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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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07-1.“強欲の災厄”は過去に囚われ続けている

* * *



 シャーロットには忘れられない過去がある。


 それは千年近くの月日の間、シャーロットの心を蝕み続けている呪いの影響下にありながらも、忘れることは許さないと訴えるかのようにシャーロットの心の中に居座り続ける過去だ。


 シャーロットは過去に囚われ続けている。


 ……愚かな子どもだ。


 立ち去って行ったイザトの言動を思い出す。


 付き合いは短くはない。


 ……死にたくないのだろうな。


 生きることに対して無頓着な素振りを見せながらも、本心では、死を恐れているということも気づいている。


 ……生きたいと思えるようになったのだろう。


 それを指摘するようなことはしないものの、学園に入学をした以降、それなりに人間らしさが表れたイザトの変化を良いものだと判断をしていた。


 その判断は甘かったのだろう。


 イザトは生きたいと望むことはできたとしても、それを口には出せない。


 まだ、イザトが生きたいと本音を吐き出すのには、なにかが足りていない。


 ……お前にはなにも罪はないというのに。


 千年前の罪を問われるのは、始祖たちだけで充分だろう。


 シャーロットは罪を抱え続けている。


 それは呪いに打ち勝つことができなかったからこそ、重ね続けることしかできなかった重い罪だ。


 敵国の人間の命を奪い、時には帝国への反逆の疑いをかけられた帝国民の命を奪ったこともあった。


 その中には、罪を押し付けられただけの者もいただろう。


 彼らの奪われた命は始祖の罪となり、始祖を帝国に縛り続ける呪いの糧になっている。


 ……望めばいい。そうすれば、あの女は動くであろう。


 イザトは始祖たちとは違う。


 遠い先祖の罪により処刑される。


 名目だけの裁判により、死刑は避けられない。


 ……早く気づけ。本当の望みを口にしろ。


 それを知れば、ガーナたちは黙って見過ごすはずがないだろう。


 友人を助ける術を探す為、必死になって抵抗をすることだろう


 助けを求めれば、必ず、助け出そうと立ち上がるだろう。


 ……そうすれば、なにもかも、計画通りに進むのに。


 そうすれば、友人を売る真似をしなくても生きていける可能性はある。


 それを思いつかないはずがない。


 そこまで御膳立てをしたのにもかかわらず、イザトは距離を取ろうとしていた。


 ……死こそが救いであると思っているのならば、それは間違いだ。


 シャーロットが、イザトにガーナの監視を任せたのは、彼の本音を吐かせる為だった。


 ……理不尽な死は、あってはならないことなのだから。


 良くも悪くも、前向き思考のガーナと接する機会を与えれば、イザトの思想に変化を与えることになるだろう。


 すべてはイザトの為だった。


 罪なき命の犠牲を止める為の行為は、帝国の意思に背くことになる。


 だからこそ、始祖であるシャーロットにはなにもできない。


 しかし、帝国の監視下にはないガーナたちならば、どのような行動を起こし、イザトの思想に変化を与えたとしても見逃される可能性があった。


「……しかし、なにか勘違いをしているな」


 立ち去ったイザトの言動を考え、首を傾げる。


 それから鍵を閉め、自室へと戻る。


 ……なぜ、私がレインを害すると思われているのか。


 割り振られた広い部屋や廊下には物が散乱している。


 昔から使用人たちが片づけをしていた名残だろうか。


 自分自身で部屋を綺麗にしなくてはいけないという常識は、シャーロットにはなかった。


「ジョン、まだ眠っているのか」


 ベッドの上にはレインが横たわっている。


 時々、寝返りを打っては眉を潜めている。


 なにかを訴えるように声を漏らすが、そのほとんどは言葉になっていない。


 ……こうして見ると、別人だということはよくわかっている。


 前世の記憶を取り戻すことを選んだレインの選択が正しかったのか。


 他にも道を示すことができたのではないか。


 様々なことを考えてしまう。


 ……ジョンは父親似だった。


 眠っている姿には前世の面影はない。


 月日の流れと共に薄れていっているはずの始祖の血は彼の中に息づいている。


 それはシャーロットが犯した禁忌の一つだった。


 我が子を愛おしく思うからこそ、シャーロットの心を蝕み続ける罪は許されることはない。


 ……レインはジョンではない。別の人生もあったはずなのに。


 前世で交わした約束を覚えてはいなかっただろう。


 前世の記憶を取り戻そうとしても、それを拒むことはできた。


 シャーロットはなにも知らないふりをし続けることができたのならば、レインはレインとして生きることができたのかもしれない。


 それを奪ったのはシャーロットだ。


「……遠くで見つめているだけで十分だったのにな」


 軍部にいれば、公爵家の情報は嫌になるほどに耳にする。


 レインが健康で長生きをしてくれているのならば、シャーロットは関わることができなくても満足するつもりだった。


 シャーロットの姉として生まれ変わった最愛の娘、アントワーヌが平穏な日々の中、幸せになってくれるのならば、シャーロットはなにも手出しをしないつもりだった。


 それらは簡単に崩れ落ちた。


 レインはシャーロットの姿を追い続け、過去に縋りついてまで、前世の記憶を手に入れることを選んだ。


 アントワーヌは、なにもかも覚えたまま生まれてきてしまっていたのだろう。自らの命を差し出すことにより、レインの命を長引かせる選択を自らの意思でしてしまった。


 それらはシャーロットが描いた理想とは違う。


 シャーロットが干渉せざるを得ない状況に変わってしまった。



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