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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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06-7.彼はその身に宿る血を疎む

「帝国の為の死に理由は必要か?」


 シャーロットはわざとらしく首を傾げた。


 まるで、イザトが死の理由を求めるのはおかしいというかのようだった。


「帝国の為にすべてを捧げろ。それを私たちに強制した男の子孫が、自分の死には理由が欲しいとでも?」


 シャーロットの言葉には感情は宿らない。


 怒りは何百年も昔に置いてきてしまったのだろう。


 抗う心は千年の月日に削り取られてしまったのだろう。


 それはイザトの死の理由にはならない。


 ……僕の死には意味はないのかな。


 死を強制させられるのは当然のことであると捉えていた。


 そうでなければ、処刑台に送られた両親の死は不当なものでしかない。免罪だと言い訳の一つも許されないまま、命を奪われた両親の価値を否定されたような気分に浸りながらも、イザトはシャーロットから目を逸らさない。


「大昔の先祖がしたことが、僕に関係あるの?」


 イザトは呆れたように声をあげる。


「それが、僕が殺されなきゃいけない理由なの? 僕の両親は、先祖に対するシャーロットたちの恨みで命を奪われたわけ?」


 それは受け入れていいものではない。


 しかし、イザトの訴えはシャーロットには届かない。


「いいや」


 シャーロットは、楽しそうに話す。


「お前の両親が死んだのは、ただの偶然だ。運が悪かったとしか言いようがない」


 同情さえもしていないのだろう。


 その死を悲しんでもいないのだろう。


「お前も運が悪かっただけだ。理由なんてなにもない」


 シャーロットの言葉に対し、イザトは拳を握りしめた。


 拳を振るいあげることはしない。


 ……嘘でもいいから、それらしい理由を言えばいいのに。


 振るいあげたとしても、シャーロットには傷一つ与えることができないことをイザトは知っている。


「まあ、良い。報告が済んだのなら早々に立ち去れ」


「……聞きたいことがあるんだ」


「なんだ。手短に済ませ」


 イザトは大きくため息を零した。


 ……聞いてどうなるのか、わからないけど。


 前に進みたいと思った。


 バカバカしいと思いながらも、傍にいたいと思えた。


 ……僕がすることじゃないのもわかっているけど。


 その為にしなければいけないのは、情報を集めることだった。


 傍にいられる条件を作り上げることだった。


 だからこそ、聞く必要があったのだ。


 ……僕も、助けてあげたいから。


 力の足りないイザトに出来るのは、情報を集めることくらいだった。


「どうして、シャーロットは、先代聖女を止めなかったのさ」


 他人からは、決して理解されないだろう苦しみを抱えるガーナを見たイザトは、どうしてもそれだけは、確認しておきたかったのかもしれない。


 ……僕には、止められないから。


 止めようと思えば、止められただろう力をシャーロットは持っている。


 止めなかったことを後悔しているようにも見える。


 けれども、記憶を失う方法に手を貸したのも、シャーロットだったはずだ。


 矛盾だらけだった。


 なぜ、それを行ったのか。


 それを知れば、なにかが変わるわけではない。それでも知りたかった。


「……止めなかった理由か」


 シャーロットは、少しだけ驚いたような顔をした。


 それから、僅かに目を伏せる。


 悩ましげな表情を作り上げてから、息を零す。


「期待をされているようなものではない」


 シャーロットは答えを考えていなかったのだろう。


「人というのは、長い年月を過ごすと大事なものを忘れてしまう。私もその一人だった」


 それでも、誤魔化すことはしなかった。


「……忘れる?」


「そうだ。忘れてしまう。それを防ごうとしても、抗おうとしても、呪いの前には意味がない行為だった」


 シャーロットは多くの記憶を忘れてしまっている。


 帝国に係わることは覚えているものの、個人的な記憶は始祖の中でも劣る。


「身をもって知っているからこそ、止めなかった」


 運命に抗うことに対する無力感をシャーロットは知っている。


「もしかしたら、彼女ならば、それができるのではないかと思ってしまった」


 酷く後悔しているように見えた。


 それと同時に、どこか羨ましそうにも見えた。


「私と聖女は友人ではなかった。始祖となるよりも昔の話だが、私は彼女に嫌われていてね」


 壁に背を預けたまま、シャーロットは言う。


「私は、彼女の大切な人を奪ってしまったことがある。それをいつまでも文句を言うような女性だった」


 寂しそうな笑みを伏せ、表情を消し、鋭い目つきでイザトを見る。


「それは彼女の運命を狂わせてしまったのだろう。だからこそ、彼女に対しては同情をしている。ただ、それだけの話だ」


 それは友人とはいえない関係だった。


 それでも、マリーはシャーロットのことを、友人として接していたのだろう。


「同情をしていたからとめなかったの?」


「そうかもしれないな」


「ふうん。シャーロットらしくはないね」


「そうか? 私も同情をすることはあるよ」


 言葉は穏やかだった。


 ……本当に同情をしていただけとは考えにくいけど。


 すべてが作り話のようにも思えなかった。


「同情をしても見捨てると思っていたけど」


「状況にもよるだろう。どのような経緯があったとしても聖女は始祖の一人だった。それなのにもかかわらず、見捨てるようなことはしないよ」


 その当時の記憶は、シャーロットの中には、ほとんど残っていないだろう。


 それでも、相手に対する同情心だけは忘れなかったのだろうか。


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