06-6.彼はその身に宿る血を疎む
……それでも、アンジュさんを信じたいんだ。
医療魔法の師匠であり、育て親である。
いずれ、帝国の為にその存在を消されてしまうであろうイザトの為に、なにかと世話をしてくれる人を信じたい。
イザトは、その一心で信じてきた。
それ以外に縋るものがなかった。
それを信じる以外に生きていていい保証はなにもなかった。
「シャーロットは、レイチェルの血を憎んでいるんじゃないの?」
嘘でも構わない。
条件付きの愛でも構わない。
利用されていたとしても笑っていられるだろう。
――ガーナやリンと出会うまではそう思っていた。
……でも、僕は、どうしたら、良いんだろう。
学園に来てからは心が揺さぶられる出来事が多くあった。
学園で出会った友人たちに、“自由に生きて良いのだ”、と腕を掴まれて、強引に外の世界を見せられた。
……死ぬべきだって、わかっていたはずなのに。
それを拒絶しなくてはいけないと心の中ではわかっていながらも、イザトは見せつけられた世界を嫌いにはなれなかった。
なにもかも諦めながらも、時を過ごしてきたイザトの目に飛び込んできた光景を忘れることは出来ないだろう。
千年前の先祖が犯した罪により、生きていることすら拒否されてきたイザトは、あの日、確かに思ったのだ。
……死にたくない。このまま、死んでいくなんていやだ。
他人から拒絶される存在のままであったとしても生きたい。
このまま、帝国の為に死にたくない。
そこまで強い感情を抱いたのは、いつ以来だっただろうか。
……僕は、まだ生きていたい。
母親から引き離され、貧困街へと捨てられた頃を思い出す。
なにもかも奪われた。
それでも、まだ死ぬことが許されなかった。
「僕に死んでほしいんじゃないの?」
アンジュによって貧困街から連れ出された頃を思い出す。
それとも、この学園に来てからだったか。
「死ななくてはならない子どもがいることは、非常に残念だと思っている。だが、始祖としては、レイチェル家の女と共に滅びの道を選んだ貴族の男を救えなかったことを悔やんだものだ」
「……母さんのことは死んでもいいと思ってたってこと?」
「致し方なかった。それ以外に救う術がないのならば、苦しまず、一思いに黄泉へと案内するのが、あの場においての最善だったからな」
勇気を振り絞って問いかけた言葉に対して、シャーロットは笑った。
……分からない。でも、知らなきゃいけないんだ。
両親を殺された気持ちはイザトにしかわからない。
シャーロットには理解できないだろう。
「彼は死ぬ運命ではなかった。それを救う方法はあったが、彼は女と共に最期を迎えることを望んだ。せめて、それを叶えてやることしか私にはできなかった」
静かな声で告げられた言葉に、胸が痛む。
「個人としては、レイチェル家の血を絶やすことにより、得られる成果はないと思っている。イザトと比べれば、私の方がよほど血が濃いだろうからな」
……まるで、僕の心を刺すみたいな言葉だよ。
最期の時まで優しく微笑んでいた母親を思い出す。
母親は、イザトを愛していたのだろう。
「千年の月日により薄まった皇族の血などなにも価値がない」
それならば、なぜ、母親は処刑台に送り込まれたのだろうか。
……僕のことも、憐れだと思っているのかな。
死を受け入れるであろう。
それは、抵抗しなければ、簡単に与えられる。
抵抗すれば、残酷な方法へと変わっていくだろう。
「始祖の存在が、この世界に与えた影響の一つであろう」
個人の考えなどは、この帝国には必要がないのだ。
それは、帝国を守護するべき存在になればなるほど、重要視されなくなっていく。
すべては帝国を守る為、すべては帝国を繁栄させる為だ。
その為の犠牲ならば、身を捧げることすらも喜びに感じなくてはならない。
「そう考えると実に愉快な展開ではないか。それを知ってもなお、憎しみに駆られ、愚かな行為を冒すわけでもなく、死を受け入れるしかない貴様には、多少なりとも関心を抱いている」
シャーロットの言葉に対し、イザトは目を逸らした。
……死を受け入れる?
友人を得るまでは、イザトは死を受け入れていた。
拒絶する必要がなかった。それどころか、利用されて、影口を叩かれるだけの人生を捨てられるのならば、死が救いであるようにすらも思えていた。
「両親のことなんて知らないよ。好きに言いなよ」
「おや、意外なことを言うものだ。受け止められぬか」
シャーロットは笑う。
イザトの考えなど筒抜けだと言わんばかりに笑った。
「皇族も貴族も大嫌いだからね。僕の中に、それが僅かにでも流れているのが、屈辱でしかないんだよ」
生きていることが罪だと言われ続け、それでも生かされてきた。
共に死地に連れて行ってくれなかった両親に感謝をすることは出来なかった。
「僕だけを置いていったあの人たちを偲べとでも言われても、困るんだよね」
両親を失い、孤児になったイザトに与えられた日々は過酷なものだった。
育て親のアンジュの指導は厳しい。
生き残る術を教えつつ、アンジュは口癖のように帝国の為に死ななければならない運命であることをイザトに言い聞かせてきた。
矛盾だらけの環境はイザトの自尊心を削り続けた。
「ねえ、教えてよ。シャーロット。僕が死なないといけない理由があるんでしょ?」
……まあ、みんなに会ってから変わったと思うけど。
生きる為に情報を流すことも、他人を苦しめるような情報を探し出すことも、すべてに対して抵抗を覚えるようになった。
……僕も、もう少しだけ、変われるかな。
それは、彼女たちに出会ってからだ。
生きていたいと思ってしまったからこそ、処刑台に立たされる理由を知らなくてはならないと覚悟を決めることができたのかもしれない。




