06-5.彼はその身に宿る血を疎む
シャーロットにとっては、アンジュの存在は受け入れられないものなのだろう。
「汚らわしい。蛆虫の方がまともにすら感じられるわ」
始祖という立場でありながらも、互いに敵対心を抱いている。
「媚を売ることしか能がない元奴隷の言葉を信じるなど売国行為だ」
それは、生まれ持った素質の違いなのか。
いまだに消えることのない身分の差なのか。
「汚らわしい奴隷を始祖に選んだあの男の気が知れない。同等の立場であるかのように振舞う成り上がりの煩わしいことよ」
シャーロットは、アンジュを同等の存在であると認めることはないだろう。
始祖になる以前の環境は、変えることができない。
それは、その当時の差別も受け継がれていることを意味する。
「アレの支配下にい続けるのならば、私は、貴様を庇わぬ。その身に秘めたレイチェルの血を誇りに思わぬのならば、貴様の死を弔う気すら起きないだろう」
……きっと、僕のことも似たような感情を持っているんだろうなぁ。
公爵家の当主であった経歴を持つシャーロットからすれば、元奴隷の始祖であるアンジュは、卑しい存在のままなのだろう。
それは、貧困街出身のイザトにも当てはまる感情なのかもしれない。
……民族意識の強い人だから。
イザトに対して良好的な態度をとるのは、彼が帝国の民だからだろう。
「早々に見限るべきだ。ライドローズ民族は異国の民の配下になることはない」
「アンジュさんは帝国の始祖の一人だよ。それに僕は配下になったわけでもないからね」
イザトの言葉に対し、シャーロットは納得できないと言いたげな表情を浮かべていた。
「貧しい島国の生まれなのは事実だ。アレが始祖とは嘆かわしい」
「今は、帝国の同盟国の中では最大規模の独立国家だけどね?」
「同盟を結んだ当初は支配下の一つだった。その影響は今も残っているだろう」
「残っているわけはないよ。それ、数百年以上も前の話だからね?」
帝国の平和と繁栄の為だけに生き続けなくてはならない存在として、他国は忌々しい存在のように感じてしまうのだろうか。
同盟国として親しくしていたとしても、時代が移り変われば敵となることも珍しくはない。
「誇るべき歴史の一つだ。それを過去のこととしてしまうのはもったいない」
「徹底とした差別主義者だね」
その裏切りの中で生き抜いていた始祖としては、不信感が拭い切れないのだろう。
「今の世の中だと非難されるよ? もう少し、穏やかになったらどうかな? 差別なんてしても戦争しか生まれないんだから」
帝国の発展の為には、他国と良好的な関係を維持している必要性がわからないわけではないが、幼い頃から培ってきた価値観を崩すことは難しかった。
「僕にとっては、アンジュさんは命の恩人だからね」
それでも、イザトの気持ちは変わらなかった。
貧困街で生きていたイザトを拾ったのは、アンジュである。
その間に起きた事件にさえ眼を瞑ればいい。
それだけで、アンジュを慕う理由が出来る。
……例え、両親を捕まえた人でも。
両親を捕縛したのはアンジュが率いる部隊だったということは知っている。
貧困街を捜索している際、偶然、イザトを保護しただけだった。
それより、イザトは限られた人生を生きることになってしまった。
「レイチェル家の血を継いでいるのだ。この帝国を創り上げし、偉大なる魔法使いの血を継いでいるのだから、それらしく振舞ってみればいいだろう」
シャーロットは、そんなイザトの心を否定した。
「この国は元を辿れは一族のものだと高々と言ってみればいい。そうすれば、両親もお前のことを誇りに思うことだろう」
大げさまでにため息を零す。
そのような態度を取られたのは初めてではない。
イザトの生家であるレイチェル家が関わる話題になると、いつもそうだった。
……犯罪者を誇りに思えって言うわけ?
帝国に関わるすべての歴史資料を読み尽したところで、その意見は変わらないだろう。
……ありえない。
史上最悪の犯罪者であるという事実を拭うことはできない。
……それこそ許されないことだよ。
それが許されるのならば、なぜ、母は殺されなくてはいけなかったのか。
……僕はそう思わなくてはいけないのに。
心を揺さぶるのはシャーロットの嫌がらせだろう。
そうやって苦しむ姿を楽しんでいるのだろうか。
「貴様の両親の死は必要であった。レイチェルの血を残すことへ否定的な愚か者たちを押さえつける為の犠牲であった。それは許されるべきではないだろう」
「その言い方だと、まるで、あの人たちを弔ったみたいだね」
シャーロットと初めて会った日を思い出す。
記憶にすらない父親と、死を前にしても、穏やかに微笑んでいた母親のことを忘れることはできないだろう。
「あの人たちを殺したくせに。都合のいい言い訳なんてしないでよね」
イザトの両親を奪ったのは、他でもないシャーロットだった。
死刑台へと案内するシャーロットの姿は、まさに、死神だった。
子どもであるからと見逃され、一人、貧困街へと放り出したシャーロットの眼を思い出す。
氷のような眼をしていた。
同じ人間だとは思われないのだろう。
幼心ですら感じ取れた想いが蘇る。
……シャーロットが、殺したわけじゃない。
実際に手を下したのは、死刑執行人と呼ばれる役人である。
両親を摘発したのは、アンジュであったと聞かされてはいるものの、それは、真実である保証はない。
シャーロットが死刑にするべきだと告げ口をしたと聞かされても、鵜呑みにはできない。
……分かっている。
死刑を決定したのはシャーロットであるとイザトに吹き込んだのは、彼女と仲が悪いアンジュであった。
シャーロットのことを憎んでいるアンジュのことを思い出す。
彼女の性格を考えれば、嘘を吹き込むこともあるだろう。
シャーロットを追い詰める可能性を見つければ、手段を選ばない女性だということは嫌になるほど知っている。




