06-4.彼はその身に宿る血を疎む
ただ、友人を思い、動こうとする優しい少女の言葉だ。
イザトにとって、その言葉は、なによりも大切なことのように思ってしまう。
……始祖の存在理由を否定してたのは、言わないでおこう。
本来ならば、始祖に対する考えを報告するべきだろう。
それを分かっていながらも、心の奥底に押し込んだ。
「私たちを守る?」
イザトの言葉を繰り返す。
視線が本からイザトに向けられた。
「友人を守る?」
輝きに欠けてしまっている紅色の眼はイザトを貫く。
嘘偽り無く、告げているのかを見破るかのような鋭い視線を向けられ、思わず、息を飲む。
……これが、一般人の違いなのかな。
魔力が込められた殺気ではない。
ただ、鋭い視線を向けられただけなのだ。
それなのにもかかわらず、身体が硬直をする。
問いかけられた言葉に、返事をすることすら出来ない。
「その為に立ち上がったと? あの女はそれを口にしていたのか」
シャーロットは怒っているようにも見えた。
それをされるのは、屈辱だとでもいうかのように目を細める。
「憎たらしい女だ。なにも知らなければ、なにを口にしてもいいとでも思っているのか」
……情けない。声すら出なくなるなんて。
同年代の魔法使いの中では、優秀な魔法使い候補生になる。
魔力の質も、扱うことができる魔法の種類も、同年代とは比べ物にならないほどに多い。
それでも、始祖であるシャーロットに抱く感情は同じだった。
「どこまでもふざけている女だな」
……怖くないって、思っていたのに。
鋭い視線を向けられた。
たったそれだけの行為により、身体の自由を失った。
……こんなに逃げたくなるなんて!
それに気づいたのだろうか。
シャーロットは、イザトから視線を外した。
「役割を放棄した女の言葉を真に受けるのは、止めておけ」
再び、視線を本に向けた。
「貴様には、そのようなことに現を抜かす時間など残されてはいないだろう」
シャーロットの一方的に投げかけられた言葉に対して、反論をしようと口を動かしたが言葉に詰まる。
……言い返せない。
シャーロットの言葉に逆らう。
それが何を意味しているのか。
それを思い出して、イザトは自由の利かない身体を守るように下を向く。
……僕は、ヴァーケルさんみたいにはなれないよ。
自分の意志を貫くことが出来たのならば、この場には来なかっただろう。
恐ろしい思いをするだけの場所だとわかっていたのならば、イザトは逃げ出してしまいたかった。
それができなかったのは、弱いからなのだろうか。
「意思を貫くなとは言わない」
イザトの思いを読み取ったかのように、シャーロットは言葉を続ける。
相変わらず、視線を向けることはなかった。
「忘れるな。貴様の身に流れる血を憎む者、妬む者は多い。その血から逃れることはできないということを忘れてはいけない」
……どうしてなのかな。
優しい言葉で慰められたわけではない。
欲しい言葉を与えられたわけではない。
感情の気沸すら感じられない淡々とした声で告げられるのは、シャーロットの持論にすぎない。
それは、決してイザトを救う為の言葉ではないこともわかっていた。
……やっぱり、似ているよ。
それを分かっているのにも関わらず、イザトは重ねてしまう。
本に視線を向けているシャーロットは、イザトを救うことはないだろう。
恐らく、それほどの関心も抱いてはいないだろう。
イザトが危機に陥ったとしても、他に優先することがあれば、シャーロットは迷うこともせずに立ち去ってしまうだろう。
……“生きたいと言わせてみせるから”。
先ほど言われた言葉を思い出す。
いつもと変わらない笑顔で告げられたその言葉は、イザトの心を救い上げる。
……まったく違うのに。一緒に見えるよ。
「分かってるよ。アンジュさんに言い聞かされているし、いつかはこの血のせいで殺されなくていけないことも忘れてなんかいないよ」
少しずつ戻って来た体の自由を感じる。
それは、貧困街から救われた日に聞かされた話を思い出す。
処刑された母と同じ道を辿らなくてはいけないのだと、告げられた日に教えられた話だった。
「僕は生きていてはいけないから」
逃げることは許されないだろう。
望んで得たわけではない。
「それが帝国の為になるなら、僕は喜んで死を受け入れなきゃいけないんだよね?」
イザトは逃げることも許されなかった。
死を強要されても、泣くことさえも許されないだろう。
……逃げる勇気もないし。
千年も昔のことなど知らない。
そう言い放ち、立ち向かう勇気があるのならば、変わっただろうか。
いや、様々な人からその生を疎まれながらも、生きていく勇気と覚悟があったのならば、イザトは、逃げようと思えたのかもしれない。
「アレに聞かされていたのだったな」
イザトの保護者を名乗り上げたアンジュ・ホムラとシャーロットは、約千年の付き合いである。
しかし、彼女たちの仲は良好なものではない。
……本当に仲が悪いよね。
シャーロットは、思い出したくもないと言いたげに眉を潜めた。
二人の仲は長い月日を得ても改善されることはなく、年々、その険悪さが増していく。




