06-3.彼はその身に宿る血を疎む
「イザトがそれを私に問いかけるとは思わなかったよ」
「そうだね。今までは失うことは当然だって思っていたから」
「考え方が変わったのか。学園に通わせて正解だったようだな」
シャーロットの言葉に対し、イザトは眉を顰めた。
……嘘つき。
学園に通わせる意味はない。
死を約束されているイザトにとって、大切な思い出を作ることは死への恐怖感が増すだけである。
それを知らないはずがなかった。
「それ、嫌味かな? 僕を苦しませて楽しい?」
「どうだろうな。友人関係に苦しむのも若者の特権だ」
「おばあちゃんみたいな言葉だね」
シャーロットは、肩に付く前に揃えられた紅色の髪に触れていた。
……言い返せばいいのに。
精神年齢は人間の枠を超えてしまっているとはいえ、身体は十六歳の少女のものである。
だからこそ、シャーロットの言葉には違和感が残る。
「くだらないことだろう。それでも、それを体験しているのは意味がある」
「僕はくだらないなんて言ってないけど?」
「そうだったか? 入学前はそう言っていたと思ったが」
シャーロットは曖昧な記憶を頼りに言ったのだろう。
……珍しい。少しは覚えていることもあるんだ。
感心してしまった。
興味を抱かれていないと思っていたからだろうか。
「入学前はね。確かにそう思っていたよ。友達だって必要なかったし、アンジュさんやシャーロットたちといられたら、それでいいって思っていたから。……まさか、友達に恵まれるなんて思ってもいなかったからね」
イザトは友人たちのことを思い出す。
個性的な人たちだ。身分も立場も違うのにもかかわらず、ガーナを中心として、日々を楽しく過ごしている。
平穏な日々をこよなく愛する友人たちを、イザトは好ましく思っていた。
「そうか。お前にとっては良い友人たちか?」
「とてもね。変な人たちばかりだけど、僕にとってはもったいない友人たちだよ」
シャーロットの口元が緩んだ。
それは安心したかのようにも見えた。
……くだらないって吐き捨ててくれたらよかったのに。
まるでイザトが学生生活を楽しんでいることを喜んでいるようにも見えた。
友人だと自負しているものの、シャーロットはイザトの命の刻限を定めた人たちの仲間である。
それは変えることができない事実だ。
それなのにもかかわらず、シャーロットはイザトが楽しんでいる姿を見ると嬉しそうに見守っている。
それが、イザトには理解ができないことの一つだった。
……いらないって言ってくれたらいいのに。
そうすれば諦められるのだろうか。
イザトは問いかけることもできない言葉を心の奥底に隠す。
「でも、それはシャーロットにとっても同じことじゃないの?」
「なぜ、そう思う?」
「だって、シャーロットにとって大事な人だったんでしょ? ヴァーケルさんは聖女の転生者なんだって言っていたじゃないか」
帝国を守る為に存在する始祖にとっては、聖女という存在は欠かせない。
戦場に立つ民を奮い上がらせ、帝国を勝利に導く。
神からの使いであるとされている聖女が居るだけでも、人々の心は簡単に動く。
「聖女は帝国にとって欠かせない存在なんじゃないの?」
それは、帝国による侵略行為を支えてきた基盤の一つでもあった。
長い年月、帝国が行ってきた作戦の一つだ。
その作戦の為だけに聖女は祭り上げられてきた。
その日々は、聖女の心を蝕んでいくものだとシャーロットも気づいただろう。
「そうだな。彼女は転生者だ」
興味が無さそうに言葉を吐き捨てる。
イザトはその言葉の重みを知らなかった。
なにも知らないまま、ガーナの友人として笑いあっていた日々を思い出す。
その頃から、シャーロットはガーナのことを聖女の転生者として見張っていたのだろう。
「それなら長い付き合いがあったんじゃないの?」
「そうでもない」
シャーロットは勘違いをしないでほしいと言わんばかりの早さで否定した。
「私たちの関係は、友人などという奇麗な言葉では表現はできないだろう」
「あー、そう。……よくわからないけど、シャーロットがそう言うならそうなんだろうね」
納得はできなかった。
それでも、納得したかのように相槌を打った。
面倒そうな表情をしているシャーロットに対して、イザトは優しく微笑む。
少しだけ子どもらしさを残した笑みを見ることもなく、シャーロットは、傍に置いたままにしてあった本を取る。
……これ以上、余計な会話はするなって?
本題に入らないのならば、相手にする必要もない。
言葉にする事すらしないシャーロットの様子を見て、イザトはため息を零す。
「人間だから出来ることがあるって証明するって、言ってたよ」
それから、ガーナの考えを告げる。
本心を偽りなく口にしていたガーナの思いを報告することが、イザトに任された仕事だった。
万が一にも、聖女としての力を発揮してしまった以降、帝国に対して悪影響を残すような真似をしない為の監視。それが、彼の仕事だった。
「シャーロットとレイン君を守る為に立ち上がるつもりだよ」
……ヴァーケルさんの為にはならないだろうけど。
それでも、イザトは仕事を放棄することはできない。
「よかったね。君の思うとおりに彼女は動いてくれるよ」
……一緒にいる為には、こうするしかないんだ。ごめんね。
放棄したとしても咎められることはないだろうが、それではイザトは生きる為の方法を手放してしまうことになる。
「友人を守ろうとするなんて立派な聖女様だよ。そう思わない?」
あの時、ガーナの口から飛び出て来た言葉は、帝国に悪影響を与えるような内容ではなかった。




