06-2.彼はその身に宿る血を疎む
「……バカバカしい話だよね。本当に」
ため息を零す。
ガーナとの会話を通して、何年も心に決めてきたことが揺さぶられている。
……生きたいさ。許されるのならば、ヴァーケルさんたちと一緒に。
逃げることの許されない死を受け入れていたはずの心は傾く。
それを感じながら、目の前にある扉を叩いた。
……どうして、あそこまで素直になれるのか、僕にはわからないよ。
扉の奥からは、僅かに音が聞こえる。
呼び鈴を鳴らすことを嫌う部屋の主は、イザトが来るのを待っていたのだろう。
シャーロットがどうして呼び鈴の音を嫌っているのか、イザトは問いかけたこともない。
それは、彼女自身も忘れてしまっているような些細な理由であるのだろうということを察していたからこそ、触れずに過ごしてきた。
……あんな風に、真っ直ぐ生きられたら。きっと、幸せだろうなぁ。
それは憧れなのだろうか。
他人への猜疑心を心の奥底にしまい込み、友人の為ならば、なんだってしてしまいそうなガーナのことを羨ましいと思ったのは、初めてではない。
不思議と他人の心を救いあげることができるガーナのなにげない言葉には、何度も救われてきた。
……なんて、憧れる資格もないんだけど。
開けられた扉の奥には人影が見える。
静かに手招きをしているシャーロットを見つけて、手を振るう。
「ごめん、思っていたよりも遅くなっちゃったね」
玄関に足を踏み入れる。
それから扉を閉じようと手を伸ばしたが、廊下から押される風により自然に閉まる。
先ほどまでは吹いていなかった風を感じ、この風は、シャーロットが起こしたのだろうと思う。
……無意識なんだろうね。
呪文を唱えなくても、シャーロットは魔法を使うことができる。
それは現代に伝わっている魔法の大半が、彼女にとっては、略式魔法や無詠唱魔法と呼ばれるものと変わりがないからなのだろう。
……きっと、大昔からなにも変わっていないから。
シャーロットの持つ力は、現代の魔法文明を凌駕している。
レイチェル家と共に消えてしまったとされている古代の魔法文明には、呪文を唱えずに発動させることができる魔法が存在していたと聞かされている。
それは魔術とは異なり、魔力の少ない者であっても発動することができたらしい。
……これから先も、彼女は変わることが許されないだろうから。
気怠そうな眼をしているシャーロットは、構わないと言うように笑みを繕う。
「覚悟を決めたみたいだったよ」
廊下にも散乱した本を踏まないように気を付けて、壁に背を預ける。
元々、先ほどのやり取りを打ち明ける約束をしていたからだろうか。
「ねえ、彼女を止めなくても良いの?」
名を出さなくても、シャーロットには伝わっているだろう。
「おかしいことを問うのだな。その問いかけに意味があるとは思えないが」
「大切なことだよ」
「そうか。では、お前が止めてやればいい」
シャーロットはなにを企んでいるのだろうか。
「それができないのをわかっているのに、そういうことを言うの?」
イザトには彼女の真意が掴めないままだった。
シャーロットは興味がないのだろうか。小さな欠伸をした。
「シャーロットにとっても大切なことだと思うよ?」
イザトの言葉に対しても反応は薄い。
それは今に始まったことではない。
出会った頃からシャーロットの関心は、イザトには向けられていない。
時々、子どものように扱われることはあっても、すぐに興味をなくしたように離れていく。その繰り返しだった。
……また僕を見ていない。
それが、友人とはいえないのだと知ったのは、ガーナたちに出会った時だった。
それでも、イザトはシャーロットのことを友人だと口にするのは、彼女が幼いイザトに対して好意的な態度を示したことが大きいだろう。
……興味がないのかな。それとも、また忘れてしまったのかな。
シャーロットの特異体質に関しては、理解をしているつもりだった。
彼女は多くの記憶を忘却してしまう。
それでも、シャーロットが自分自身を見失うことなく、強い意志を貫き続けられているのは、彼女にかけられた呪いの影響なのだろう。
……その内、僕のことも忘れてしまいそう。
イザトに対する興味関心は高くはないだろう。
それなのにもかかわらず、会う回数が減っている現在でも忘れずにいる。
それはおかしいことなのだということは、イザトもわかっていた。
……それがレイチェル家の血によるものなら、僕は少しだけ感謝をするべきなのかもしれない。
胸が痛くなる。
疎んでいるはずの血が流れているのを強く感じる。
それさえなければ、イザトの運命は大きく変わっていたことだろう。
「大切な人がいなくなるのは辛いことだよ」
「なにが言いたい?」
シャーロットの表情は変わらない。
それが恐ろしいと感じてしまった。
「わからないの? 僕はシャーロットが後悔をしないように忠告をしているつもりだよ」
イザトの言葉に対し、シャーロットは興味のなさそうな視線を向けてきた。
会話の意図を理解しているのだろう。
しかし、問いかけられる価値を理解していない。
「そうか。それは必要のないことだな」
「どうして?」
「後悔などしないからだ」
イザトはすぐに言葉を返すことができなかった。
……興味すらもないってこと?
それは、シャーロットがガーナのことを友人として認識していないという意味なのか。
それとも、友人を失ったとしても後悔をしないという意味なのか。
どちらにしても人間性を疑ってしまう。




