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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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06-1.彼はその身に宿る血を疎む

* * *



 ……僕には理解ができないよ。


 ガーナとの会話は不思議な気分になる。


 ……理解したくもない。


 ガーナの人生を大きく狂わせるだろうと思われることに巻き込まれながらも、自分自身の意思で生き抜こうとする彼女の強い意志は、イザトの心を揺さぶった。


 イザトは他人を救うつもりはない。


 誰かの助けになろうとしたところで、イザトにはなにもすることができない。


 運命に関与することを拒み、傍観者のように息を潜める。


 イザトにとって、それが生きる為の手段だった。


 ……でも、ヴァーケルさんは、嘘だけは言わない。


 ガーナの考えが正しいとは限らない。


 シャーロットの企みを知らないのはガーナだけではなく、イザトも彼女の目的を聞かされていなかった。


 ただ、イザトにできるのはガーナを支えることだけだ。


 その役目すらも曖昧な口約束でしかない。


 役目を果たさなくても文句は言われないだろう。


 口約束を交わしたシャーロットは、約束を忘れてしまっている可能性もある。


 ……どうして彼女は笑えるんだろう。


 ガーナは利用されている。


 帝国の為ならば、始祖たちはガーナを利用し、価値がなくなれば、絶望の中に突き落とされるだろう。


 ……利用されているって気づいていないのかな?


 ライドローズ帝国にとって、聖女は尊い存在ではなくなり、誰もからも疎まれる裏切り者だ。


 ……いや、さすがにヴァーケルさんでも知っているよね。


 なぜ、聖女が裏切り行為に手を染めたのか。


 それは一部の人間しか知らない真実だとしても帝国民は裏切った聖女を疎む。


 ……生きたいなんて言えるわけがないのに。


 薄暗い廊下を歩く。小さな足音だけが響く中、イザトは思い出す。


 ……僕が生きたいなんて、望んではいけないのに。


 先ほどまで会話をしていたガーナは、力強く言葉を放った。


 それは、イザトにとっては何よりも恐ろしい言葉だった。


 ……言ってはいけないのに。


 イザトは、レイチェル家の血を引いている。


 それだけで生きる価値は奪い取られてしまった。


 ……僕だけが生きるなんてできないのに。


 その血は貴族たちよりも薄いものだ。


 千年前に実在した一族の血を証明するものはない。


 それなのにもかかわらず、命を奪われることが決められていた。


 ……あの人が生きていれば、僕もそう思えたのかな。


 幼い頃から諦めてきた。


 レイチェル家の子孫だと一方的に告げられたその日から、イザトの人生は狂わされた。


 それに対して文句を口にすることすらも許されず、否定することも許されないまま、死刑のその日まで生かされる日々だった。


 ……でも、さようならって、あの人が言ったから。


 母の残した言葉は、別れの言葉だった。


 イザトにだけは生きてほしいと願わなかったわけではないだろうが、幼い子どもだけを残していくことへの罪悪感もあったのだろう。


 他人のような別れを告げられた。


 まるで何も関係がないのだと訴えるかのような目を向けられたことを、イザトは忘れることができなかった。


 ……僕も連れて行ってくれたらよかったのに。


 母の最期の言葉を思い出す。


 飾り気のない別れの言葉だった。


 ……アンジュさんに縋るなら、僕に言ってくれたらよかったのに。


 刑場の音が聞こえる場所に連れていかれていた。


 母の死を受け入れろと言わんばかりの冷たい部屋に押し込められ、そこで、母とアンジュの最期のやり取りを耳にしてしまった。


 母の本音を聞かせる為だけに部屋を移動させられたのだろう。


 しかし、それはイザトにとっては希望ではなく、絶望にしかならなかった。


 ……母さん。


 思い出せる母の顔は、別れの時の冷たい表情だ。


 それなのに、はっきりと思い出せる母の言葉は、部屋越しに聞こえてしまったイザトの命を乞い、なにがあっても守ってほしいとアンジュに縋りつく母の声だった。


 ……僕も一緒にいきたかった。


 幼い息子を残し、死んでいった母に問いかけることも許されず、引き裂かれた幼い頃の思い出だ。


 ……そしたら、なにも知らずにいられたのに。


 育て親に会わなければ、他人からの愛を知らずに死ねただろう。


 殺された両親を憂い、悲しみ、絶望の中で生きる希望を投げ捨てただろう。


 一方的な断罪に対して否定的な声を上げ、呪いの言葉を吐きながら死んでいけただろう。


 ……恨んで死んでいくつもりだったのに。


 全てを書き換えられてしまったような気さえもする。


 ガーナと出会い、リンと親しくなり、友人たちに囲まれる日々は眩しかった。


 くだらないはずの日常がなによりも大切なものになっていた。


 続くはずがない日常が続けばいいと、心の底から思うようになっていた。



「……死にたくないなぁ」


 学園に通うことがなければ、友人たちに会うこともなく死ねただろう。


 そうすればなにも未練を残さないまま、与えられた役目として受け入れることもできたのかもしれない。


 ……惨いことをするよ、本当に。


 まるで死にたくはないと乞うのを、待っているかのようだった。


 それを嘲笑いながら、命を奪うその時を待っているのだろうか。


 ……僕も死ぬしかないんだよね。


 あの生きる事すら困難であった日々は、戻らない。


 なにもかも無いまま生まれ育った。


 ……生きていたいなんて、望む資格は無いから。


 生きる為に犯した罪は、拭わなければならない。


 しかし、それはガーナの言葉の通り、命を捧げて償う行為ではないということはわかっていた。


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