05-11.ガーナの覚悟は罪人を救う
……日常って、一歩外に出れば、非日常よね。
今までならば、気にしていなかった。
「イザト」
日常を手放すのは、簡単だった。
本能に従うように行動をすれば、今までならば想像の中に有った世界が広がる。
新しい世界に踏み入れてみれば、今まで日常だと信じていた世界は、非日常へと変わる。
それを知ったのは、三日前だった。
……それって、怖いよねぇ。
戻る事は出来るだろう。
しかし、戻れば、友人を失ってしまう。
「もしも、レイン君を助ける為に、私の大切な人たちを見捨てそうだったら」
今ならば、引き返すことは出来る。
それを知っていてもなお、ガーナは突き進む。
一度、決めた事を覆せない。
「……ううん。私が間違いを犯しそうになったら」
……だって、覆したら、レイン君はどうなるの?
最悪の事態を想像する。
可能性を知りつつも手放してしまう未来を考えると、胸が痛む。
なんとしても、止めなくてはいけないと、強く、思ってしまう。
それは、何故だろうか。
大した関わりもない人に抱く感情だろうか。
……レイン君を殺したシャーロットは、どうなるの?
始祖であるシャーロットの罪は、問われないのだろう。
しかし、問われない罪を抱えて生きていける程にシャーロットは、強い存在であり続けられるだろうか。
幾つもの戦争を乗り越え、多くの人間を殺めて来たシャーロットではあるが、それが、身内となると変わるだろう。
最悪の事態ばかりが心を支配する。
その他の可能性を考えられない。
「その時は、私を止めるって、約束してくれる?」
レインを守る為だけに誰かを犠牲にするつもりは無かった。
とはいえ、何もかも犠牲にせずに守るのは、不可能に近いだろう。
「無茶だって分かってるけどね。それでも、私は、誰も失いたくは無いのよ」
不可能だと決めつけて見て見ぬふりをするのは、できない。
無謀だと分かりつつも突き進む。それ以外には、友人を守る術はない。
……本当は、二人が和解してくれたら、良いんだけど。
先日の様子を思い出せば、それは無理だろう。
互いの意見を一方的にぶつけ合うだけの二人では、難しいだろう。
……それは、きっと、難しいから。
「分かったよ。僕に出来る限りのことはしてあげるよ」
イザトは、笑顔で応えた。
いつも通りの優しいその表情を見て、ガーナは安心したように笑う。
「ただ、事情を聞いて、僕じゃあ何も出来なかったら、そのままだよ。止められないって判断をしたら、僕は、ヴァーケルさんのやる行動を全て肯定する事しか出来ないからね。それだけは、覚えておいてよ」
「うん、ありがとねぇ。それで充分よ」
何気ない問いかけにも、真面目に考え、その答えを貰えた。
それだけでも、心が楽になる。
肯定する人がいるだけで勇気が湧いて来る。
……きっと、大丈夫。
勇気を貰う度に思う。
この学園に来てから出会えた大切な人たちを守る為ならば、どのような事にでも挑戦する事が出来る筈であると、強く思う。
例え、それが無謀な挑戦であったとしても、ガーナは諦める事無く突き進むだろう。
……私がやるんだ。大好きな友達を守る為に。
無謀かもしれない。不可能かもしれない。
諦めてしまった方が楽になれるのは、確実だろう。
それでも、ガーナは自分自身に言い聞かせる。
最悪の事態を想像しながら、それを回避する為だけに動くことが出来るのは、恐らく、ガーナだけである。
……私には、その力があるはずだから。
「私、絶対にあの二人を助けて見せるわ」
廊下に出たイザトに声を掛ける。
力強く、何かを決意した声色は、廊下に響き渡る。
「待って! 大丈夫よ。だって、私が、証明して見せるから!」
立ち去ろうとしていたイザトの腕を掴む。
細い腕を握りしめる。
驚いたように目を見開く彼に対して、精一杯の笑みを浮かべた。
それから、抱き寄せる。
……なんでかな。
話は終わりだと判断をして、立ち去ろうとしたイザトを引き留めた。
彼が、自己解釈で動く事が多い性格なのは知っている。
……イザトが消えちゃう気がしたのは。
今までも、別れの言葉を告げる前に立ち去るイザトに手を振り、見送った事があった。
「絶対に生きたいって言わせて見せるから! だから、その時が来るまでは、勝手に消える事なんて許さないからね!」
何故、その言葉を吐いたのかは分からない。
「私とイザトの約束よ! 友達は約束を破っちゃダメなんだからね!」
ただ、今、言わなければいけない気がした。
それは、あの日、シャーロットを追いかけてしまった日の感覚と似ていた。
「だから、また明日ね」
「……うん。また、明日」
……分からないけど。きっと、今、言わなきゃいけなかったのよ。
眼を見開いたままのイザトを離す。今度は、消えていくようには感じなかった。




