05-10.ガーナの覚悟は罪人を救う
「シャーロットは、レイン君を殺すつもりじゃないかって思うのよ」
「どうして?」
「うーん。どうしてだろう。私の直感がそう言っているのよ」
それだけは防がなくてはならないとガーナは強く思っていた。
……そんなの、ダメだもん。
恐らく、シャーロットは自分自身を止める事が出来ないだろう。
そして、その手でレインを殺してしまう。
そんな最悪の事態を想像してしまった。
「私が、二人を止めるの。止めなきゃいけないの」
「無理なことを言っている自覚はあるの?」
「あるわよ。だって、私が敵うわけがないじゃない」
殺し合う姿を見たくはない。
殺し合いを止めなくてはいけない。
三日前に告げられた現実を受け入れる勇気は、未だに浮かんでは来ない。
それでも、逃げる時間は短いのだ。
……逃げたいよ。怖いもん。
逃げてしまえば、何かを失ってしまうだろう。
それは、きっと、誰も望んでいない。
……私がやらなきゃ。二人を止めなきゃ。
記憶を失っても、シャーロットはガーナの友人である事を決めたのだろう。
ガーナはそう信じていた。
だからこそ、彼女を守る為に立ち上がる。
……今回だけだもん。マリー様の為に戦うのは。
記憶を託したマリーを思う。
“裏切り聖女”の汚名を被っても、成し遂げたかったのだろうことは、なんだろうか。ガーナには分からない。
……マリー様の友人であるシャーロットを救うのは、今回だけだよ。
普通であることを望んだ聖女は、これからガーナがしようとしている行為を拒むかもしれない。
……もしも、次があるなら。その時は、私の友人であるシャーロットを救うことになるしねぇ。だから、マリー様のために戦うのは、今回だけ。
「私はマリー様とは違うわ。生まれ変わりだって言われても、正直、聖女様らしく振る舞える気がしないもの」
歴史の授業や言い伝えでしか聞いたことのないマリーを思う。
伝説の人物と言っても過言ではない。
崇められた聖女の姿を想像する。
一世紀前までは、確かにこの国を守っていた女性の記憶は、ガーナの中に眠る。
……どうして、私なのか分からないけど。
偶然だった。
偶然、マリーとガーナの友人が同じだった。
だからこそ、ガーナは守る決意をする事が出来た。
ただ、守らなければいけないという気持ちを信じて、突き進む事を決めた。
「人間だからできることもあるんだって、証明するのが、私の役割なのかな」
それはガーナではなくても支障はないだろう。
しかし、始祖たちの行動を否定するのには、もっとも効果的な方法であるとガーナは確信を抱いていた。
「ヴァーケルさんらしいと思うよ」
「ふふふっ、そう? ありがとねぇ」
ガーナが笑い声を上げれば、イザトも小さな笑い声を零す。
その何気ないやり取りは、親しくなった頃から何も変わっていない。
「……僕はもう行くよ」
静かに立ち上がったイザトを見上げる。
十五歳にしては、少しだけ幼い顔立ちをしたイザトの顔を見ても、何を考えているのかは分からない。
……少しだけ、寂しそう?
見慣れた笑い顔ではあった。
それでも、少しだけ目が寂しそうだった。
「私、レイン君を助けるわよ。それが、シャーロットを助けるのに必要だもの。あの二人は、一緒に居て、バカみたいに笑っているのが幸せだと思うから」
「そう。だったら、僕はそれを応援するよ」
イザトの返事を聞いて、ガーナは立ち上がる。
女性にしては大柄なガーナの背丈は、イザトよりも大きい。
それから、机を挟んだ向かい側に立っているイザトの頭を撫ぜた。
「イザト、ありがとね」
イザトは、力任せに撫ぜるその手を拒むことはなかったが、戸惑ったような表情を浮かべていた。
……やっぱし、年下みたいなのよねぇ。
貧困街出身ということもあり、正確な年齢は分からない。
もしかしたら、年下なのかもしれない。
「そんな寂しそうな顔して笑わないでよ。私、イザトのことも守るわよ?」
だからと言うこともあるだろう。
年下の子どもを甘やかすように、優しく撫ぜる。
「僕のこと、子ども扱いしてない?」
「仕方ないじゃない。イザトって、私より小さいんだもん!」
「五センチしか変わらないよね」
「五センチも私が大きいわよー!」
恥ずかしそうに笑うイザトの隣に並ぶ。
……並ぶとあんまり分からないんだけどねぇ。
身長の話をしていると不機嫌そうに言葉を返すイザトを見て、少しだけ、悩んでいた事を忘れる。
無謀だと理解しながらも、見て見ぬふりは出来ないと決めた事を忘れかけてしまう。
……日常的な会話って、こんなに平和だっけねぇ?
今ならば、まだ間に合うだろう。
行動に移す前であれば、戻れるだろう。
……このままで居られたら、きっと、私は幸せだろうけど。
シャーロットを追いかけた日を思い出す。
あの時、ライラの声に振り返っていれば、こんな無謀な悩みを抱える事は無かったのかもしれない。
「ふふっ、ありがとうね」
「別に? 僕は何もしてないよ」
玄関の扉を開ける。
太陽が沈み、薄暗い廊下には、所々灯りが見える。魔導具の中に閉じ込められた魔力の結晶は、疲れ切った生徒たちを励ますように暖かな光を保ち続ける。
毎日のように目にしている灯りでさえ、非日常のように見える。