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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った
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05-10.ガーナの覚悟は罪人を救う

「シャーロットは、レイン君を殺すつもりじゃないかって思うのよ」


「どうして?」


「うーん。どうしてだろう。私の直感がそう言っているのよ」


 それだけは防がなくてはならないとガーナは強く思っていた。


 ……そんなの、ダメだもん。


 恐らく、シャーロットは自分自身を止める事が出来ないだろう。


 そして、その手でレインを殺してしまう。


 そんな最悪の事態を想像してしまった。


「私が、二人を止めるの。止めなきゃいけないの」


「無理なことを言っている自覚はあるの?」


「あるわよ。だって、私が敵うわけがないじゃない」


 殺し合う姿を見たくはない。


 殺し合いを止めなくてはいけない。


 三日前に告げられた現実を受け入れる勇気は、未だに浮かんでは来ない。


 それでも、逃げる時間は短いのだ。


 ……逃げたいよ。怖いもん。


 逃げてしまえば、何かを失ってしまうだろう。


 それは、きっと、誰も望んでいない。


 ……私がやらなきゃ。二人を止めなきゃ。


 記憶を失っても、シャーロットはガーナの友人である事を決めたのだろう。


 ガーナはそう信じていた。


 だからこそ、彼女を守る為に立ち上がる。


 ……今回だけだもん。マリー様の為に戦うのは。


 記憶を託したマリーを思う。


 “裏切り聖女”の汚名を被っても、成し遂げたかったのだろうことは、なんだろうか。ガーナには分からない。


 ……マリー様の友人であるシャーロットを救うのは、今回だけだよ。


 普通であることを望んだ聖女は、これからガーナがしようとしている行為を拒むかもしれない。


 ……もしも、次があるなら。その時は、私の友人であるシャーロットを救うことになるしねぇ。だから、マリー様のために戦うのは、今回だけ。


「私はマリー様とは違うわ。生まれ変わりだって言われても、正直、聖女様らしく振る舞える気がしないもの」


 歴史の授業や言い伝えでしか聞いたことのないマリーを思う。


 伝説の人物と言っても過言ではない。


 崇められた聖女の姿を想像する。


 一世紀前までは、確かにこの国を守っていた女性の記憶は、ガーナの中に眠る。


 ……どうして、私なのか分からないけど。


 偶然だった。


 偶然、マリーとガーナの友人が同じだった。


 だからこそ、ガーナは守る決意をする事が出来た。


 ただ、守らなければいけないという気持ちを信じて、突き進む事を決めた。


「人間だからできることもあるんだって、証明するのが、私の役割なのかな」


 それはガーナではなくても支障はないだろう。


 しかし、始祖たちの行動を否定するのには、もっとも効果的な方法であるとガーナは確信を抱いていた。


「ヴァーケルさんらしいと思うよ」


「ふふふっ、そう? ありがとねぇ」


 ガーナが笑い声を上げれば、イザトも小さな笑い声を零す。


 その何気ないやり取りは、親しくなった頃から何も変わっていない。


「……僕はもう行くよ」


 静かに立ち上がったイザトを見上げる。


 十五歳にしては、少しだけ幼い顔立ちをしたイザトの顔を見ても、何を考えているのかは分からない。


 ……少しだけ、寂しそう?


 見慣れた笑い顔ではあった。


 それでも、少しだけ目が寂しそうだった。


「私、レイン君を助けるわよ。それが、シャーロットを助けるのに必要だもの。あの二人は、一緒に居て、バカみたいに笑っているのが幸せだと思うから」


「そう。だったら、僕はそれを応援するよ」


 イザトの返事を聞いて、ガーナは立ち上がる。


 女性にしては大柄なガーナの背丈は、イザトよりも大きい。


 それから、机を挟んだ向かい側に立っているイザトの頭を撫ぜた。


「イザト、ありがとね」


 イザトは、力任せに撫ぜるその手を拒むことはなかったが、戸惑ったような表情を浮かべていた。


 ……やっぱし、年下みたいなのよねぇ。


 貧困街出身ということもあり、正確な年齢は分からない。


 もしかしたら、年下なのかもしれない。


「そんな寂しそうな顔して笑わないでよ。私、イザトのことも守るわよ?」


 だからと言うこともあるだろう。


 年下の子どもを甘やかすように、優しく撫ぜる。


「僕のこと、子ども扱いしてない?」


「仕方ないじゃない。イザトって、私より小さいんだもん!」


「五センチしか変わらないよね」


「五センチも私が大きいわよー!」


 恥ずかしそうに笑うイザトの隣に並ぶ。


 ……並ぶとあんまり分からないんだけどねぇ。


 身長の話をしていると不機嫌そうに言葉を返すイザトを見て、少しだけ、悩んでいた事を忘れる。


 無謀だと理解しながらも、見て見ぬふりは出来ないと決めた事を忘れかけてしまう。


 ……日常的な会話って、こんなに平和だっけねぇ?


 今ならば、まだ間に合うだろう。


 行動に移す前であれば、戻れるだろう。


 ……このままで居られたら、きっと、私は幸せだろうけど。


 シャーロットを追いかけた日を思い出す。


 あの時、ライラの声に振り返っていれば、こんな無謀な悩みを抱える事は無かったのかもしれない。


「ふふっ、ありがとうね」


「別に? 僕は何もしてないよ」


 玄関の扉を開ける。


 太陽が沈み、薄暗い廊下には、所々灯りが見える。魔導具の中に閉じ込められた魔力の結晶は、疲れ切った生徒たちを励ますように暖かな光を保ち続ける。


 毎日のように目にしている灯りでさえ、非日常のように見える。


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