05-8.ガーナの覚悟は罪人を救う
「うん、そうだよ。まあ、元々、僕に出来る限りならしてあげるつもりだけど」
「ふふっ、ありがとね。頼りにしているわ」
イザトの言葉に、ガーナは礼を言って笑った。
……優しいねぇ。
生まれ育った環境は、劣悪な環境だった。
善悪の判断もつかない子どもが、一瞬で悪に染まってしまうような環境だった筈だ。
……裏のある優しさだけどねぇ。その優しさでも、私は充分なのよね。
だからこそ、イザトは優しい。
他人に対して寛容であり、優しい人物であるかのように振る舞うことにより、生き延びる道を模索し続けてきたからなのだろう。
「イザトは、本当に優しいねぇ」
嘘を張り付けた笑顔を見て、ガーナは優しく微笑んだ。
イザトがガーナを心配しているのも、協力をすると口にしているのも本心だろう。しかし、それは、裏のある行為かもしれない。
他人を疑いながら話してしまうのは、ガーナの悪い癖だった。
……まあ、元々の性格が優しいんだろうけど。
ガーナもまた、他人の悪い部分を見て育ってきた。
似た境遇で育ってきたからこそ、優しくあり続けるのは難しいということを知っている。
「そうでもないよ。優しいのは、シャーロットかな」
「シャーロットが?」
「うん。あの人、ギルティアさんから事情を聞いていたみたいなんだけどね。それでも、君のことを心配していたよ」
イザトの言葉は、もっともな意見だった。
「化け物である所為で、周りから怖がられていないかってね
聖女の生まれ変わりの可能性を秘めているガーナは、魔力を多く持っている。
それは、原因不明の病により、少しずつ減りつつあるが、それでも平均以上にある。
……確かに、病気が移るって言われたことがあるけどねぇ。
魔法使いや魔女にとっては、魔力が減るのは悪夢のような現象である。
それ故に、謂れの無い悪態を付かれたこともある。
……それでも、最低限の魔法は使えるけどね。
そんな“少女”は、不気味に思われても仕方ない。
明らかに普通では無い“少女”は、避けられるのが普通であろう。
「ふふっ。じゃあ、驚いただろうね」
そこで、ガーナは、自分の環境がいかに恵まれているのか、思い知る。
……私って、本当に幸せ者だったんだね。今、知ったよ。
人間というのは、誰もが自分たちと違う人間に対して恐れを抱く。
それを痛いほど知っているシャーロットは、その環境にかつての友人がいるのではないかと心配していたのだろう。
……みんな、私をバカだって笑っても、化け物とは言わなかったもん。
始祖という異質以外の何者でもない。
ただの化け物である。
シャーロットは、多くを失ってきたのだろう。
それを思うと、心が痛くなる。
「私は、シャーロットと違って、恵まれているからねぇ」
帝国を守るという使命を背負い、多くの犠牲と共に生きてきた過去を背負うが故に、彼女は怖がられることを恐れ、慣れ、人間を捨てた。
守ろうと誓い、愛したからこそ、人々の裏切りは、シャーロットにはあまりにも重すぎた。
「私は、シャーロットとは違って実力はないけどね」
だからこそ、シャーロットはきっと驚いただろう。
ガーナも、“普通”ではないと笑われることはある。
しかし、それでも誰も離れてはいかない。
「私の周りは、優しい人が多いのよね」
シャーロットとは、違う意味での“普通では無い”と言う言葉は、ガーナの心を傷つけることはなかった。
「もちろん、イザトもその一人よ?」
……きっと、これからも、そうなんだろうけどね。
記憶を取り戻してしまった後、ガーナはどう変わってしまうのだろうか。
自分自身を保ちつつも、手放しただろう記憶と力を求める。
それは、果たして叶うのかは分からない。
分からないが、叶えなければ、何もかも失ってしまう。
……私が私である限りは、変わらせなんかしないもん。
友人を手放してまで、手に入れたい存在はない。
ガーナにとっての大切な人たちを守る事が出来ないのならば、力を求めない。
……自己中心的な考えしか出来ない私は、やっぱし、聖女様には向いてないのかもしれないね。
純粋に帝国だけを思い、行動する事は出来ない。
例え、聖女に相応しいと崇められても、それを素直に受け入れる事は出来ないだろう。
両親から言い伝えを聞かされた幼少期、そして、立派な魔法使いや魔女になる為に受けている授業で習ってきた“理想の聖女”の姿は、ガーナの思い描く将来成りたい姿ではない。
大切な人を手放してまでも、帝国の為だけに生きられない。
そこまでして、生きたくはないのだ。
「そう考えると、シャーロットって、かわいそう」
人間であることを捨てて、始祖になると決めたシャーロットを思う。
どのような過去が彼女にその選択をさせたのかは、分からない。
ただ、並々ならぬ覚悟があって行ったのだろう。
始祖になる以外の道は、なかったのかもしれない。
「シャーロットの暴走を止めてくれる人がいなかったんだと思うのよね」
……全てを捨てても、帝国の為だけに生きる人には思えないけど。
自分の欲望を満たす為だけに始祖になったのではないか。
そう思わせてしまうくらいに、シャーロットは、他人の為に全てを捧げる人には思えない。
彼女に付き纏う噂がそうさせているのか。
それとも、今まで聞かされてきた知識がそう思わせているのかもしれない。
……そこまでしないと叶わない夢でもあったのかな。
シャーロットは、可哀想な人なのだと思えて仕方がなかった。
「ほら、私の場合は、私が限度を超えた事をしたら止めてくれる友達がいるじゃない? ――きっと、そんな存在がいないんだと思うわ」
明らかに許容範囲を超えてしまっている欲望のままに、望んでしまったのだろう。その結果、シャーロットは多くを失ってきた。




