05-6.ガーナの覚悟は罪人を救う
「止めることができなかったから?」
「不正解かな。正解はね、異端者は不幸になる呪詛が組み込まれていたからだよ。これは、始祖たちも知らされていなかったらしいけどね。禁忌を犯した数十年後に判明したんだって」
他人事には思えなかった。
ガーナは思わず息を飲む。
……天罰が下るように仕込まれていたんだ。
だからこそ、罪を見て見ぬふりをしたのだろう。
いずれ、罰が下ると知っていたからこそ、見逃されていたのだ。
「ミカエラ・レイチェルは、三大禁忌をすべて破ってしまった」
イザトの口から出た名は、ガーナも知っている。
神聖ライドローズ帝国の四代目皇帝であり、始祖を生み出した人だ。
「ヴァーケルさんの考えは正しいと思うよ」
「私の考え? みんなが幸せになるべきだっていう偉大な考えのことかしら!」
「違うよ。この国に始祖なんて存在はいるべきではないって、考えの話だよ」
イザトは軽く目を閉じる。
……何を考えているの?
始祖の必要性を否定するのは、ありえない話だ。
帝国の基盤を崩すようなものである。
ガーナも、聖女の生まれ変わりという押し付けられた事実を拒絶する為だけに、始祖を否定しようとしているだけであり、帝国を維持する為には始祖は居続けなければいけないということは理解をしている。
「始祖を作り上げた皇帝は、処刑をされて当然だったんだろうね」
禁忌を冒してでも、手に入れたいものがあったのだろうか。
そこまでしてでも、帝国を守ろうとしたのだろうか。
「僕はレイチェル家の子孫らしいからね。殺されても仕方がないんだよ」
イザトは、悲しそうに微笑んだ。
十五歳という年齢よりも、幼く見えるその笑みは、己の死を受け入れているように見える。
「だから、なによ」
ガーナはイザトの言葉に同意をしない。
「そんなの理由にはならないわよ! そんなこと、言ってたら、この国から貴族も王族も全部消さなきゃいけないじゃない!」
悲しそうに微笑むイザトを見ていると、胸が引き裂かれそうになる。
全てを受け入れていると大人のフリをした友人の姿は、痛々しく、この国の悪循環によって生まれた謂れの無い罪そのものだった。
「イザトが背負わなきゃいけないのは、そんな大昔の話なんかじゃないわよ!」
……どうして、そんな理不尽なことを受け入れるのよ。
この世に生を受けた者は、どんな者であったとしても、生まれる場所を選べない。
だからこそ、生まれ持った身分制度に価値を持たせるのだ。
「イザトの罪はね、生きる為に窃盗に手を染めてしまったことだけよ」
……生まれ持った罪なんてないのに。
ただの偶然だと言う言葉では片づけられないような御託を並べ、自らを誇る。
その行為に酔いしれる為だけに、幾人の生贄を差し出して来たのだろうか。
「ありがとう。それでも、僕は裁きを受けるよ」
イザトの気持ちは揺らがない。
揺らいではいけないのだと、自分自身に言い聞かせるように拳を握りしめていた。
「きっと、ヴァーケルさんには、分からないけどね」
「わからないわよ! 友達を見捨てるほどにね! 私はバカじゃないのよ!」
ガーナに指摘をされてからも、イザトの表情は変わらなかった。
「簡単にあきらめないでよ。生きるのを諦めるなんて、私が許さないんだから」
「ごめんね」
「謝ってほしいわけじゃないわ!」
ガーナの言葉に対し、イザトは拳を握りしめるのは止め、左手で口元を隠した。
それから、優しく細められていた眼を見開く。
「うん。知ってるよ」
浮かべ続けていた笑顔を少しだけ消す。
今まで見たことのない真剣な表情をしたイザトの言葉には、ガーナは何も言えなくなる。
彼を見ていると思うのだ。
きっと、ガーナの言葉はイザトには届かないだろうと思ってしまう。
……無理に意見を押し付けたって、意味が無いじゃない。
生まれ持った罪は、存在しないのだ。
「僕はね。いつ、殺されても構わないって思っていたんだ」
そう訴えることができても、イザトは、それを受け入れようとはしないだろう。
ガーナが泣いて訴えても、変わらない。
「でも、それを、もう少しだけ生きたいと思ったのは、ヴァーケルさんたちが居たからだよ」
「……私は、もう少しだけなんて言って欲しくないよ」
「ごめんね。あの時、庇ってくれたのは、嬉しかった。凄く、感謝してるんだよ」
ガーナの言葉を聞きつつも、イザトは柔らく微笑む。
……そんな顔で笑わないでよ。
「でもね、僕は生きていちゃいけないんだ。罪人は、裁かれなければならない。それが、この国の決まりなんだから」
何を言っても彼の心を動かさないだろう。
「ほら、決まりは守らないとね?」
揺さぶるだけの力が無いのだ。
それを痛感して涙を流しそうになる。
「うん、ありがとう。僕はね、それだけで満足だったんだよ」
イザトにとっては、罪人の子孫だと騒がれ、処刑を求められても構わなかった。
全てから否定され続け、命を奪われる運命を背負い、その時まで生かされているだけの存在に過ぎなかった彼を、信じてくれる友人がいるのだから。
「だって、僕が死んでも泣いてくれる人ができたんだから」
殺される為だけに生まれたわけではないのだと、叫んでくれる友人がいる。
「それだけで、僕が生きてきた意味ができたんだよ」
恐らく、イザトは、それだけで充分だったのだろう。
……なんでよ。なんで、生きたいって言わないのよ。
その思いも考えも、ガーナには伝わらなかった。
……もっと、生きたいって望んでよ。
これでは、いずれ来るだろう処刑の時を覚悟しているようである。
使い方によっては、世界を滅ぼしてしまう【物語の台本】の存在を知りながらも、生き永らえようとしない。可能性を知りつつも、死を望んでいる。
それは、異常に思えた。十五歳の子どもが考えることではない。