05-5.ガーナの覚悟は罪人を救う
「窃盗罪だとしても、二、三年の刑罰で済むわよ! そんなことはさせやしないけどね!」
生きる為に犯した罪は、拭うことが出来ないだろう。
貧困街で生まれ育った人は、皆、他人の人生を踏み弄り、その日を生き残る。
幼い子どもの身でありながらも、他人を信用しない鋭い目つきで世界を恨み続けるのだ。
それは、身分制度が産んだ“罪”だった。
……そんな事で殺していたら、帝国民がいなくなっちゃうわよ。
それを知っているからこそ、ガーナは、大丈夫だと囁いた。
「僕自身が犯した罪だけなら、ね」
「まさか! あの妙な噂を信じてるわけ?」
悪意のある偶然が重なり、学園中に広まったイザトの出生の秘密。
生まれも育ちも貧困街であるはずのイザトに流れている血は、千年も昔、この帝国を治めていた偉大であり、もっとも罪深き一族の血である。
――誰が流したのかすら分からない噂を思い出す。
信憑性の無い噂は、直ぐに消えた。
いや、否定されたのだ。
罪深き一族の血が、現代にも残っているがずがない。
証拠も根拠も有りはしない否定をされても、処罰を望む声が上がった。
……古代帝国の主“レイチェル家”の生き残りね。
何故、そうのような噂が上がったのかは、分からない。
罪深き一族と呼ばれながらも、その血筋が残っているのならば、崇める者も現れるだろう。
「肯定も否定も出来ないんだよ」
「そりゃあ、そうよ。だって、先祖とか辿っていけば、ほとんどの貴族がそうじゃないの?」
「そうだね。僕よりも、リンや委員長君の方が濃いと思うよ。昔からの貴族には、そういう血筋で出来てるものでしょ?」
その中でも、レイチェル家に近しい身分であった古代より残る貴族は、現在、持ち得る全ての権力を駆使してでも祀り上げるだろう。
それをわかっているからこそ、イザトは死を受け入れるつもりだった。
「あの二人は、貴族様じゃない。歴史が違うわよ!」
「そうだね。でも、そういう話なんだよ」
現代帝国の基盤を創り上げたとされる一族の生き残りが居たとしても、それにより帝国が変わることは無いだろう。
変わるのだとすれば、もっと、堂々と主張して来たはずである。
それを理解した上で、抹殺しようしている。
罪深き一族の血を残してはいけないと否定する。
……だったら、シャーロットの方が、よっぽど罪深いじゃない。
歴史の闇に葬られたフリークス一族を、再び、表の世界へと出した。
神聖帝国時代のフリークス公爵家の最後の当主でありながらも、現代に続くフリークス公爵家の初代当主という異例の立場に立った始祖。
それは許されることではなかった。
……二百年近く、当主をするなんて有り得ないのに。
その存在は認められている。
その存在は崇められている。
……それなのに、大昔の血筋云々で否定されるなんて、間違ってるわ。
レイチェル家が何を犯したのかは、知っている。
古代帝国史の授業で取り上げられている。誰もが知る逸話なのだ。
帝国を愛したからこそ、罪を犯した皇帝の話は、誰もが知っている。
「君の重要視する【物語の台本】にはね。三大禁忌というのがあるんだよ」
「三大禁忌? あぁ、あれでしょぉ? 殺人、食人、近親相姦だっけ?」
「それは、人類の三大禁忌だよ。……まあ、知らないのが当たり前だよ。これは、【物語の台本】に記載されているだけらしいからね」
【物語の台本】と呼ばれている書物は、百年単位で更新を続けているとされている。
その存在を知っている者は、限られている、
……どうして、イザトは知っているのかな。
知らされるべき内容ではない。
故意により行われた些細な出来事ですら、戦争に繋がる危険性や帝国崩壊の危機を含む事になるのだ。
知らなかったでは許されない。
それを理解していながらも、イザトは【物語の台本】の存在を教えられていた。
「【物語の台本】を改変すること。異端者を産み出すこと。――そして、新たな始祖を創り出すこと」
淡々とした口調で告げる。
……禁忌。
誰かに聞かされたわけではない。
イザトのように詳しい話を聞かされて育ったわけではない。
……でも、もう破られているわよね。
ガーナは知っている。
誰かに教えられたわけではないのにもかかわらず、既に禁忌が破られていると確信を得ていた。
「禁忌は二つ破られている」
「……二つ? 一つじゃなくて?」
ガーナは首を傾げた。
……改変だけじゃないの?
ガーナが知っているのは、百年前、マリー・ヤヌットが引き起こした【物語の台本】の改変事件だけだ。
「一つ目は、百年前、聖女マリー・ヤヌットが引き起こした【物語の台本】改悪事件。ヴァーケルさんが知っているのは、これじゃないかな?」
イザトは、ガーナの知らないことばかりを知っている。
そして、それを共有するのは当然のことだというかのように迷うことなく、口にする。
「二つ目は七百年前、シャーロットが引き起こしたフリークス家の復興」
本来ならば、途絶えるはずだったフリークス公爵家は現代も続いている。
それは許されてはならないことだった。
「二つ目に関しては、何人かの始祖が禁忌を犯しているけどね。それに対して特別な処置はされなかった。どうしてだと思う?」
イザトの問いかけに対し、ガーナはすぐに答えが出せなかった。
……処罰する暇がなかったとか?
時間が足りなかったから見逃されたのではないかと、頭を過った答えを飲み込む。
……さすがにありえないよね。
それだけで罪が許されるのならば、帝国は崩壊していたことだろう。




