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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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05-4.ガーナの覚悟は罪人を救う

「誰が何を言おうとね。絶対に守ってみせるわ!」


 覚悟を決めたつもりになっていたのだろう。


 ガーナは自信を取り戻したかのような笑顔で言い切った。


「私に大切な事を思い出させてくれたしね。神に誓ってあげるわ」


 笑顔で告げられ、イザトは僅かに眉を顰めた。


 ガーナは、そんな僅かな変化に気づかなかった。


「何があっても、守り抜いてあげる。もちろん、ライラやリン、それにリカだって同じ思いに決まっているわ!」


 帝国では、生まれ持った身分が全てを左右する。


 卑しい存在として見下されることが日常となっている貧困街出身者や、特別な肩書を持たない者は、素晴らしい武勇を上げたとしても、身分の差を越えることはできない。


 権力者と同じ地位に立てば、その分、恨みを買うだけなのだ。


「今度こそ、守り抜いてあげるわよ」


 だからこそ、ガーナは宣言をしたのだろう。


 ……身分制度なんて、無くなればいいのに。


 ライラとリンが庇ったからこそ、イザトは学園に留まることが出来た。


 ……私だけだったら、守れなかったもん。


 本来ならば、殺されていても可笑しくない存在だった。


 貧困街出身というだけで謂れのない罪を着せられ、生きていることさえも否定された。


 存在そのものを否定されても、イザトは仮面のような笑顔を張り付けていた。


 その痛々しい姿を知っている。


「イザトは、生きるべきだよ。絶対にね」


 それを知っているからこそ、ガーナは、笑って見せた。


「何があっても守って見せるからね!」


 身分制度に殺されてしまう危機に陥ったイザトの姿を思い出す。


 庇おうとして、罪を着せられそうになったことを思い出す。


 ライラとリンが居なければ、今頃、二人とも死刑台の錆になっていただろう。


「うん、ありがとう。あの時、僕を信じてくれて、嬉しかったんだよ」


 常に笑顔を浮かべているイザトの本心は、隠されていることが多い。


 感情を表に出す事を苦手としているのは、彼が育った環境の所為か、それとも彼が生きる為に抱えてしまった罪の意識の所為なのだろうか。


「ありがとう。ヴァーケルさん」


 少しだけ悲しそうにお礼を言う。


 ……私にとって、大切な友達なのよ。


 信じてくれている存在を信じられない。


 心のどこかでは、距離を置いてしまっている。


 それは、イザトが生きる為に身に着けた自己防衛方法だった。


「うん。当然のことよ」


 ガーナは、それに気づいて、優しく微笑んだ。


 ……大丈夫。私は、いつまでも待ってるから。


 いつか、長い年月をかけて信用されるようになればいい。


 信じられないことに対して、苦痛に感じることのない穏やかな関係が築けるようになればいい。


 ……だから、いつか、イザトが人を信じられるようになるといいなぁ。


 ガーナは、心の底からそう思っていた。


「普通の人間とか、違うとかの問題はね。僕にとっての去年と同じだよ」


 イザトは言いにくそうな言葉を飲み込まない。


「始祖が人を殺めるのも罪を重ねるのも、帝国の為を思ってのことだからね」


 悲しげに語る。


 それを覆い隠すかのように浮かべた笑顔は切ない。


「立派過ぎる正当性がある限り、僕よりはまともな生き方かもね」


 帝国の為だと戦い、命を奪い散らしたわけではないのにもかかわらず、イザトの背負う罪は、誰もが卑しい所業だと叫んだ。


「僕は殺されてもいいと思っていたんだよ」


 否定した。処罰を求めた。


 生きる価値すら否定された。


 生きてきた痕跡を拒絶させた。


「僕が生きていることが帝国の枷になるなら、死ぬしかないのかなって」


 それなのにもかかわらず、イザトは仕方がないと笑っていた。


 諦めきった目を向けてきた。


 誰も助けには来ないだろうと、死を受け入れるつもりだったのだろう。


「バカなことを言わないでよ」


「どうして?」


「イザトが死んでいい理由なんてないじゃない。それなのに、死ぬしかないなんて、嘘でも笑って言わないで!」


 ガーナの言葉は、イザトの心に響かないかもしれない。


 それでも、黙って聞いていることはできなかった。


 ……あんな思い、もう、誰にもさせやしないわ。


 それを庇ったライラやリンまでもが、冷めた目で見られていたこともある。


 裏切り者や偽善者だと囁かれていたことも、ガーナは知っている。


「いつだって、私が味方だってことを忘れないでよ」


 それでも、ガーナもイザトの為だと笑い、庇ってきた。


 真っ直ぐに立ち向う勇気は、認められない。


 帝国の在り方を否定することは許されない。


 今まで戦場で散った命を否定するのも同じだと、人々は主張するだろう。


 ……誰かの上に立って生きるなんて、嫌よ。


 そう思わせたのは、イザトを否定した同級生や教師の姿を見たからだった。


 あの時の眼は、イクシードを見つめる両親や村人と同じに見えた。


 ……私は、絶対に変わってなんかやらないんだから。


 得体の知れない始祖を拒絶するのは、人間の本能だろう。


 それでも、拒絶される事に慣れた冷めた目をしていた兄を慕ったのは、ガーナが選んだことだ。


 それを否定されたような気分を二度も味わった。


 一人にはしてはいけない。


 人間の心を忘れさせてはいけない。


 冷めた目で人々を見下ろす兄を見て、そう思ったのは、なぜだろうか。


「罪人は裁かれなければならない。罪を背負うなら、裁きは正義なんだ」


 ガーナの思いを知っているかのように、イザトは、笑みを張り付けたまま言った。


 ……それはそうだけど。


 しかし、それは、自らの意思で罪を犯した人が裁かれるのである。


 生き延びる為だけに罪を犯してきたイザトには、適切な言葉では無い。


 イザトが裁かれるのならば、遠い昔に、貧困街は消滅しているはずだ。


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