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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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04-5.呪われた双子の答え合わせ

「だって、母様が……」


 レインの寝ぼけたような声に対し、シャーロットは耳を傾ける。


「話はいつでも聞いてやろう。今は眠れ。私の魔術は反動が激しいことも知っているだろう?」


 シャーロットは幼い子どもに語りかけるかのように、問いかけた。


 レインは魔術の存在を知らない。


 しかし、レインの奥底に封じられていたはずの前世の記憶により、すべてを知ることになるだろう。


「おやすみ。愛おしい坊や」


 大切な思い出の数々だった。


 美しい日々だった。愛おしい日々だった。


 永久に失ってしまうはずの記憶たちはレインの心を蝕むこともなく、そこにいるのが当然であるかのように馴染んでいく。


 ……今度は、俺が、守ってみせますから。


 手を伸ばす。


 その手を優しく包む温もりに全てを任せてしまいたくなる。


 ……だから、泣かないで。


 眼を閉じてしまえば、暖かい思い出に包まれる。


 ……母様。


 優しい何かに包まれ、失っていた大切なものが戻ってきているような錯覚に陥る。


 ……ごめんなさい。母様。


 そして、思い出してしまう。


 ……アントワーヌを守れなくて。


 レインが必死に守ろうとしていた妹は、シャーロットではなく、前世を共に過ごした妹のことだったのだということを理解してしまった。


 ……貴女に、アントワーヌを見殺しにさせてしまって。


 亡くなった姉、サニィ・フリークスはレインのことを守っていた。


 少しずつ弱りながらも笑っていた姉は、なにもかも覚えたままだったのだろう。かつて、兄として慕った姿を胸に抱きながら、姉として振る舞うことを選んだのだろう。


 サニィは、覚えていたからこそ、すべてをレインに受け渡してしまった。


 今世こそ、レインが幸せになることを願いながら、死んでいったのだろう。


 ……俺が、アントワーヌだと気付かないまま、貴女を手放す事を。


 何もかも知っていたからこそ、笑っていたのだろう。


 優しくも残酷な姉の姿を思う。


 恐らく、彼女は気付いていただろう。


 ……ごめんね、アントワーヌ。


 気付いた時には、手遅れだった。


 ……俺だって、妹に幸せになってほしかったのに。


 涙が零れ落ちる。


 頬を撫でるように溢れる涙は、シャーロットの指で静かに拭われた。



* * *



「……優しい夢を望むか、悲しき罪を望むか。」


 涙を零し、眠りに落ちたレインを抱き締める。


「なぜ、その問いを託したのか、ようやく気付かされたよ」


 その声は震えていた。


 願いを叶える為だけに創り出した強力な魔術は、眠りに落ちたレインの願いを叶えた。


「まったく、母を欺くとは、気付かぬ間に子は成長しているものよな」


 それは、はたしてレインの為になることだろうか。


「バカな我が子だよ」


 選択肢は、最初から決まっていた。


 どちらが正解なのかも、決められていたのだろう。


「ジョン。どうして、お前は母様を大切にするのだろうな」


 その問いを考えたのは、最愛の息子であった。


 七百年前、帝国の為を思い、その命を散らした息子の姿を思い返す。


「母様は、お前を助けられなかったのに」


 守り抜くことが出来なかった我が子の願いを叶える為だけの呪いだった。


 始祖として生きることしかできなかったシャーロットには、我が子を連れて逃げる選択肢は許されなかった。


「ジョン、アントワーヌ。お前たちは優しい子たちだ」


 シャーロットの腕の中で眠っているレインを抱きしめる。


「愛おしい我が子。お前たちのことだけは忘れたことはなかったよ」


 七百年前、シャーロットは子を成した。


 その子孫たちは、今もその血を引き継いでいる。


「だからこそ、母様のことを気にするなと言ったのに」


 だからだろうか。


 シャーロットは、フリークス公爵家を疎むことはできなかった。


「母様のことは忘れてしまえと、何度も、言ったのに」


 歴代当主が助けを乞えば、手を差し出してしまうのは、我が子を救うことができなかった罪悪感からくるものだったのかもしれない。


「お前たちという宝に出会えたのだ。それだけで私は生きていくことができる」


 シャーロットは記憶力が悪い。


 それでも、子どもたちのことだけは違った。


 それは、彼らが始祖の血を継ぐ特異点だからなのかもしれない。


 我が子を思う母の気持ちによるものなのかもしれない。


 子どもたちと過ごした日々を忘れたことは一度もなかった。


 幸せな思い出を抱え、一人、生きていくつもりだった。


「坊や。お前という子は、いつまでも母の腕の中にいてくれるつもりなのか」


 シャーロットの眼からは、涙が零れ落ちる。


 穏やかな眠りについたレインの身体を抱き上げる。


「まったく、大きくなったものだよ」


 シャーロットよりも、十センチほど高い背のレインを軽々しく持ち上げる事の出来る力を持つのは、シャーロットが人間を捨てた時に手に入れた常人離れした特徴の一つであった。


「坊や」


 なにもかも人間とは異なる。


 特別な存在なのだと世間に知らしめる。


「ゆっくり、眠れ。もう離れることはないのだから」


 シャーロットは、それを望んでいたわけでは無い。


 帝国の為だけに、全てを捧げる為だけに、生まれてきたわけではない。


 それに抗おうとしたこともあった。


「最愛の我が子たちよ」


 何よりも大切にしていた記憶がある。


 遠い昔、人間であることを放棄してでも、手に入れようとしたことだけは忘れることができないだろう。


 それは、新たな罪を生み出し、過酷な運命を背負わせる罪だった。


 シャーロットは、新たな罪を生み出した罰として、最愛の者を奪われ続ける運命を背負わされた。


 ――それでも、手放せなかった。


 なによりも、大切な家族をシャーロットは手放せなかった。


「お前たちの願い、聞き届けた」


 何度、守ると誓っただろう。


 何度、殺してくれと願っただろう。


 ……その願いすら、望まぬと言うのならば。


 罪を背負ったまま、生きる覚悟は無いだろう。


 いや、背負わせるつもりはない。


 今度こそは、すべてを投げ捨ても我が子を守って見せる。


 シャーロットは、幸せそうに眠るレインの顔を見つめる。


 ……私は、その願いに応え続けよう。


 手を伸ばした罪により生まれた存在ならば、その罪を消してしまえば良い。


 その為の力も実力さえも、千年の年月の中で手にしてきた。


「“強欲の災厄”の名に誓い、その願い、叶えようではないか」


 千年も昔、人間であった頃に呼ばれた二つ名に誓う。


 生涯を剣に捧げると誓った君主はいない。


 敬愛する君主に与えられた二つ名は、シャーロットの誇りだった。


 現在では、その二つ名を知る者は少ないだろう。


 戒めと恐怖で付けられた不名誉の名ではあったが、シャーロットはその呼び名こそが相応しいと自覚していた。


 多くの者を殺めて来た。


 己の欲望のまま、血を浴びて来た。


「お前の全てを肯定しよう。お前の願いを全て叶えよう。だからこそ、今度こそは生き抜いて見せよ、愛しき我が子たちよ」


 悪夢のような日々は終わりを告げる。


 その為だけの力をシャーロットは蓄えてきたのだ。



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