03-2.日常が崩れる音に誰も気づかなかった
「権力を振りかざすつもりか? それをすれば、権力が好きで溜まらない貴族共は要件を飲むであろうな。そう考えれば、血で汚れた咎人の手など借りる必要も無かったか」
ガーナの気持ちに気付く事もなく、シャーロットは言葉を続ける。
口元だけを歪めて話すシャーロットは、反論する隙を与えない。
「いやはや、そこまで考えているとは想定していなかったわけではないのだが、高貴な身分でおられる隣国の第二王女陛下の意図を読めずに、従弟が失礼した。リン、お前の心遣いは不要だったようだな」
シャーロットの言葉を聞き、リンは信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
会話に割って入ってくるとは思わなかったのか。
それとも、ライラが第二王女の軽力を使うことに迷いはなく、それが当然であると考えているかのように話を進めようとしているシャーロットの意図に気づいてしまったのか。
どちらにしても、シャーロットの言葉を遮るようなことはできなかった。
「……そのようなつもりはありませんわ」
ライラは静かに否定する。
シャーロットの意図を理解しつつ、侮辱されたと怒りを露にはしなかった。
「ほう? では、どのようなつもりか、お聞かせ願おう」
「貴女に話すようなことはありません」
「これは嫌われたものだ。私は第二王女殿下にはなにもした覚えはないのだが」
その姿は、まさに人々の上に君臨する為だけに生まれて来た王者。
誰からも指図を受けず、自信の感情のままに動く事が許された絶対的な存在。
言葉を発するだけで威圧感がある。
「帝国で生きたいのならば、振る舞いに気をつけよ。帝国に相応しくないのならば、その首、刎ねられても仕方がないとわきまえよ」
シャーロットの言葉を否定することはありえないのだと、頷いてしまいそうになる雰囲気を作ることに慣れているのだろうか。
……ライラ。負けないで。
対するライラも、生まれつき絶対的な存在である事が約束された王女である。
それなのにも関わらず、ライラは、青白い顔をしていた。
「私はアクアライン王国の民ですわ。帝国に属しているわけではありませんわ」
その眼には、怒りが籠っている。
いつもの穏やかさは感じられない。
……恐れた方が、負けなのよ。
王者になる事が約束された者同士。
その存在自体が放つ雰囲気に飲み込まれた方が負けてしまう。
敵う筈がないと決めつけ、諦め、頭を下げる。
それは、古よりも昔から何一つ変わらない世界の法則だった。
常に楽しげに微笑んでいるライラからは、想像できない表情をしていた。
否、露骨な感情表現に戸惑いすら見せずに、口元だけを歪め、笑顔を崩そうとしないシャーロットが異常なのだ。
……そんなに、嫌いなの?
それでも、ガーナは思わずにはいられない。
シャーロットのことを知ろうとしているからこそ、彼女との関係を持ってしまったからこそ、二人にも仲好くして欲しいと願ってしまう。
それが我儘だとしても、その希望を簡単には捨てることが出来なかった。
……まあ、血の匂いは消えないもんね。ライラからしたら、悪魔に見えてるのかもね。
シャーロットは他人の命を奪うことに抵抗はないのだろうか。
問いかけることもできない言葉を飲み込む。
ガーナは見ていることしかできなかった。
「私が憎くて仕方がないと言いたげな顔をしている」
シャーロットは笑っていた。
「アクアラインの王女よ。忠告をしてやろう」
憎悪を向けられていることを理解していながらも、それすらも楽しくて仕方がないかのように声をあげる。
「帝国では始祖は絶対的な存在だ。不用意に敵視するのは、自国を危機に晒すことになることを覚えておくといい」
その異常な姿も、ライラがシャーロットを受け入れることができない理由の一つなのだろう。
……同盟国なのにね。
言葉一つで破棄されてしまうような同盟に過ぎない。
シャーロットの言葉を聞く限り、同盟は平等に結ばされたものではないのだろう。
「第二王女殿下、貴女の不用意な発言により、王国の民を根絶やしにされたくはないだろう?」
脅迫だ。
帝国に服従するかのような態度をとらないのならば、アクアライン王国との同盟を破棄しても仕方がないと告げているようなものだった。
……シャーロットの機嫌を損ねたって理由で戦争は起きるんだろうね。
ガーナは帝国の民である。
だからこそ、始祖の言葉一つで戦争を仕掛ける国であることを理解している。
それはライラには理解しがたい現実だろう。
「……それはアクアライン王国を侮辱しているものでしょう」
ライラは眉を顰め、言葉を淡々と告げる。
感情的にならないように、自分自身の怒りを抑え込もうとしているのだろう。
「侮辱? いいや、それは違うよ。同盟国に対して侮辱をするようなことはしない。これは留学中の王女殿下に対する個人的な忠告だ」
シャーロットは笑う。
母国を侮辱されたと騒ぎ、脅迫を受けたと訴えたいのならば好きにすればいいというかのような振る舞うシャーロットに対し、ライラは自身の手のひらを強く握りしめた。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、母国はそのような脅しに屈しませんわ」
「それならば、実際に戦火を交えてみるか? 大切な王国の民が惨殺される光景を目にすれば、そのようなくだらない考えも消え失せることだろう」
「そのような一歩的な侵略行為は国際的に認められませんわ。ご自身の国を追い込むのは貴女ではないでしょうか?」
ライラの言葉を聞き、シャーロットは声を出して笑った。
国際平和など帝国には関係がない。
敵に回すと厄介なライドローズ帝国が主張する言い訳こそが、正しい主張だと判断をするのは目に見えている。
どの国も、厄介事には巻き込まれたくはないものである。
戦争に介入しようとしてくるのは、帝国と敵対関係にある国ばかりだろう。
それらの国はアクアライン王国を守ることはしない。




