02-3.ガーナ・ヴァーケルは変わり者の魔女である
「素敵でしょ? そんな歴史と魔法が残っている国なんて帝国しかないわよ!」
帝国の英雄。帝国の絶対的な守護神。
そう謳われるだけの強大な力を維持している七人の始祖たちによって、帝国は守られている。
「こうやって褒めておけば見逃してくれるくらいには心があるのよ」
ガーナは小さな声でライラに耳打ちをする。
監視されているとわかっているからこその振る舞いだった。
「この空を見て! 帝国が誇る大魔術の偉大な痕跡よ!」
科学と魔法の集大成と呼ばれる爆撃機の攻撃すらも、吸収し、魔力として循環させると謳われている結界を見上げる。
学園都市を覆い尽くす半透明の結界越しの空は、雲一つの無い晴天。
それが自然のものか、人工の景色かは分からない。
見慣れた光景だからなのか。
誰もそれを疑問に思うことはないのだ。
「本当の空なのかわからないけど。でも、私はこの空が嫌い」
フリークス公爵領の外れにある田舎で育ったからだろうか。
自然のものとしか見えない作り物の空が好きにはなれなかった。
それに対して疑問を抱かない同級生たちのことも好きにはなれなかった。
「それに安心してよね、ライラ。なにがあっても、このガーナ様が付いているわ。私の親友に危険なんてないんだから!」
万が一の事があれば、国際問題になるのだ。
一度、事件が起きれば戦争は避けられないだろう。
「不死国の帝国を滅ぼすなんて戦争しかないでしょうけど。――でもね、それを引き起こすのは、ライラの国じゃないって信じているわ。だから、大丈夫! 過剰な心配をしないで楽しみましょう!」
ガーナは自信満々に言った。
まるで未来を知っているかのような口ぶりで話している姿は妙な説得力がある。
「ええ。存じていますわ。ですが、先ほどから不吉な会話ばかりですわ。……ガーナちゃん、予言の才はないでしょうね?」
だからこそ、ライラは思わず問いかけてしまった。
帝国は予言者の言葉に従うかのように戦争を引き起こしたことがある。
それも一度だけではなく、何度も戦争を繰り返してきた。
その前例を考えれば、ガーナの言葉が予言ではない保証はどこにもなかった。
「あはっ。残念なことにね」
ガーナは笑う。
「予言は出来ないわ。そういうのはまったく当たらないのよ!」
まるで神様に嫌われているかのようだと付け加える。
「兄さんは予言の才に溢れているのにね」
今度は道化師のように笑ってみせた。
荷物を振り回し、軽い足取りで動き回る。
「私に予言の才能さえあれば、帝国は戦争に怯えない日々が続くと言うのにね! 始祖様ももったいないことをすると思わない?」
その言葉に同調する者はいない。
「兄さんじゃなくて、私を選ぶべきだったのよ」
それを知っているからこそ、ガーナは笑ってみせた。
「そしたら、私が帝国を護ってあげられたのに残念だわ」
ガーナは、露骨に肩を落として残念がる。
ライドローズ帝国の情勢は非常に危うい。
隣国であるヴァイス魔道国連邦との休戦条約を結んでいるものの、それが、どのような切っ掛けで破棄されるか分からないのだ。
明日にも戦争が起きてもおかしくはない。
「私は帝国の仕組みに詳しくはありませんが、そのような存在ではなくてなによりだと思いますわよ。神様として崇められるなんて人間の生き方ではありませんわ」
それは帝国人ではないからこその言葉だ。
「うふふ。帝国に対して批判的ね。素敵だわ」
ガーナはライラの言葉を肯定も否定もしない。
「そういうところも好きよ。ライラ。ライラだけだもの。私の言いたいことをわかってくれるのは!」
戦争を望まない者もいる。
帝国の仕組みを疑問視する者もいる。
それを口に出してしまえないのは、身体に刻み込まれた恐怖心によるものだろうか。
「ええ。もちろんですわ。そのような恐ろしいことを言葉にしないでくださいね。ガーナちゃん。私も好きで批判するわけではありませんのよ」
ライラの言葉に対し、ガーナは大きく頷いた。
「ふふっ。それよりも、注目を集めるのは、なーんて素敵なのかしら!」
話の流れを変えてしまう。
無理のある変え方だとわかっていながらも、ガーナは当然のように大きな声を出して見せた。
「やっぱし、私は、注目されるべき存在よね! あぁ、なんて罪深いの! ライラの真面目でありがたいお言葉さえも覆してしまう素敵な女性!」
まるで朗読をしているかのようだった。
名女優になった気分なのかもしれない。
「さすが、私! さすが、ガーナ様! ねえねえ、そこの君もそう思わない? あっ! ちょっと、走って逃げるってどういうことよー!?」
体をくねらせ、自身の思うままに発言をするガーナに対し、ライラは苦笑せざるを得なかった。
露骨なまでに自身を強調させた口調で語る姿は、自分自身に溺れているようにも見える。
「私が始祖様だったら許されないんだからねえ!!」
その裏では、流石は帝国の民と呼ぶべきか。
未成年者でありながらも、帝国の現状を理解し、冷静な判断を下すことが出来るのだ。
当然、親友であると自負しているライラも気づいていた。
気付いていながらも指摘もせず、ふざけた言動を楽しむガーナに合わせて笑っていた。
「ガーナちゃんが暴発を引き起こしそうだからこそ見られているのだと思いますわよ。前年度の試験結果、皆さまもご存知でしょうから」
十八歳未満の魔法使いや魔女は、特例を除き魔法学園に通うことが義務付けられている。
それは、十八歳未満の子供は心が不安定になりがちであり、魔力を自身の支配下に置き切れず、魔力の暴発という現象を起こしやすいからだ。
「ああああ! 聞こえなーい! 神的天才の私の才能を図ろうとする試験なんて滅びてしまえばいいのよ!」
特に、私立の名門であり絶対安全を謳う学園であるあるからこそ、他国からの留学生や帝国内の名のある貴族たちが多く通う。
全寮制を採用していることも都市として、成立する理由の一つであろう。
「試験なんて大嫌い! 貴族様のお綺麗な文章で書かれたってわからないのよ! もっと、こう、方言を全面的に出した文章を要求するわ! もしくは辞書を使わせてほしい!」
「ガーナちゃん。今年こそは淑女を目指しましょうね。そうすれば自然と言葉は身についてきますわ」
「いやよ! いや! 私は淑女なんてって堅苦しいのは大嫌いなの!」
差別なき帝国、民主主義の帝国。
古代からのやり方を否定し、新たな国家体制を。
そんな目標を掲げている変わり者の皇帝の意志が反映された学園には、多くの政治家や非魔法使いたちも注目している。
「方言だって伝わらなさそうなのは使ってないんだからいいじゃない! そんなのはお貴族様がやっていればいいじゃないの! ばかみたい!」
新しく吹き込まれる風は、帝国にとってどのような結果になるのだろうか。
それを見極める為だけに注目を集められている。
「田舎者にはお綺麗な言葉も言い回しもよくわからないのよ!」
「あら。ガーナちゃんの出身はフリークス公爵領でしょう? 公爵家が治めている地域は田舎とは言えないのではないかしら」
「一応はね! でも、私の出身は、公爵領の一番隅っこにある田舎の小さい農村よ。公爵領なんて名前だけよ。名前だけ!」
皇帝が身分制度の撤廃を訴えても、学園からは差別がなくならないのは仕方がないことなのかもしれない。
身分制度も身分差別も必要であると学園側から訴えるように唆されている者たちが紛れ込んでいるのだろう。
そのようなことはガーナだって知っていることだ。
「堅苦しいのは、性悪貴族だけで充分よ。私にそれを求めないでちょうだい」
ガーナは貴族が好きではない。
もちろん、ライラのような例外もいる。
友人の中には差別主義者ではない貴族出身者の者もいる。
「どうせ卒業したら田舎に戻って農作業の日々になるんだもの」
類は友を呼ぶというのだろうか。
変わり者ばかりがガーナの周りには集まっていた。
「私は絶対にあんな性悪になんかならないって決めているわ」
市民すら貴族のようになってしまっては、この国は終わりだろう。
民主主義を求める民の声は、永久に届かない国になってしまうのだから。
「それにね。その台詞! 今日で何回目の台詞だと思ってるのよ」
ガーナはライラから視線を逸らした。
まるで子どもが欲しいものを買ってもらえずに拗ねているかのようだった。