02-3.夢が覚めれば現実になる
最初から死ぬ前提で、話が進められていたのではないか。
そう疑ってしまうほどに、急速に話が進んでいる。
……それに軍が介入するなんて聞いたことない。
帝国軍は貴族出身者が多い。
しかし、基本的には家の決め事には関与しない。
介入することができるのは、一部の権力者だけである。
そして、それを行うことができる人物に心当たりがあった。
……シャーロットが来た理由、って。
その姿を見た者には、死が訪れるとすら言われている存在。
それは伝承に過ぎない。
頭の中ではわかっていながらも、思わず、ガーナはシャーロットの姿を探す。
紅色の髪は、一つも見当たらない。
シャーロットとレインの姿は教室にはなかった。
まだ来ていないとは考えにくいものの、状況が状況の為、欠席をしている可能性もある。
……まさか、身内の暗殺をする為?
そのようなことをするとは考えたくはなかった。
……いや、でも、まさか。
しかし、それが必要だと判断をすれば、身内であったとしても牙を向けるだろう。
「勘違いするなよ、別に殺されたわけじゃねえからな」
「……え? 声に出てた?」
「顔に出てた。公爵家の令嬢の殺害なんて起きるわけねえじゃん。人前に出るような人でもなかったし、そもそも、会ったことがある奴なんてほとんどいねえし。そんな人を殺そうと思わなくね?」
「まあ、そうかもしれないけど。でも、何かがあるのが貴族でしょ?」
「貴族に対する偏見すげえな」
ガーナの言葉に対し、リンはため息を零した。
……殺しじゃないの?
殺したところでなにも利益がないような女性だったのだろうか。
それとも、長く体調を崩していたのだろうか。
「元々、長くは生きられねぇって、言われてたしな。俺も先日、見舞いに行ったばかりだけど、伯父さんも長くはねぇみたいだし」
ガーナは肩を揺らす。
そして、見透かしたようにそう言ったリンを見つめる。
面倒そうな表情をしながらも、的確な答えを出す彼は、何一つ変わっていない。
「そういえば、短命な血筋で有名だったよね。フリークス家は呪われているなんて噂もあるくらいなんだっけ?」
「呪われているわけじゃねえよ。フリークスに限ったことじゃねえし。つか、他人を呪い殺せるだけの実力のある魔法使いがいるような時代でもねえんだし」
……そうだよ、当たり前じゃない。
【物語の台本】の存在を知っているのは、この場では自分一人なのだ。
リンは、決してその存在を知った上で発言をしているわけではない。
ただ、露骨なまでに表情に出ていたのだろう。
ガーナは、それに気づいて笑みを浮かべた。
「ふーん。でも、そうだよね。今の時代、呪いとか古いよね」
「古いってのも、変な感じだけどな」
……大丈夫。【物語の台本】が壊れたわけじゃない。
そもそも、【物語の台本】の存在を知らされただけであり、内容は知らない。
レインが当主就任の運びとなったのは、ただの偶然だろう。
なにもかも疑ってしまうのはガーナの考えすぎの可能性もある。
「そういえば、数十年前に廃止された近親婚が原因じゃないかって発表されていなかったかな? だとしたら、貴族連中も旧家連中もそうだよね。古代文明の発掘でそういう研究がされていたって発表されたくらいだしね。自業自得だよ」
「イザト、お前なぁ。それ、俺にも該当するじゃん」
思い出したように嬉々として話すイザトに、リンは苦笑していた。
血筋を尊いモノであると考える貴族や旧家等の名のある人々は、古来より近い者同士での結婚を繰り返されていた。もっとも、近代は比較的自由な結婚が認められている。
だが、古来より積み重ねられた血筋は、様々な病を呼ぶ。
リンの体質もその病の一つである。
……濃すぎた血は罪を引き寄せる、だっけ。
複雑そうな顔をするリンとイザトを見比べる。
育ちの良し悪しを忘れたかのように仲の良い二人だが、本来ならば、関わることがない関係だ。
「そういえば、リンも貴族だったね。らしくなさすぎて忘れていたよ。確かに異様に顔色が悪い所とか、色素が薄い所とか、似ているね。君たち」
「バカ言うんじゃねぇし。ジューリアもフリークスも、始祖の血が入っているんだよ。特異体質も受け継がれてるし、寧ろ、一族である証みたいなもんだから。それに千年も昔からこの色なんだよ」
……どこぞのバカ女が好みそうな台詞だよねぇ。
自身の存在を咎人だと笑っていたシャーロットを思い出す。
困る様子もなく、平然と肯定しそうだと思い、思わず笑みを零してしまう。
「へえー。なにそれ、信憑性のない伝承を信じてるの?」
「うっ……」
「そもそも始祖ってどういう存在なのか、わかっているの? 数百年単位で生きている人なんだよ? そんな人の血筋なんて本当に残っていると思う?」
その言葉に、リンは何も言えなかった。
笑顔のまま、呆れたように吐き捨てるイザトは、一瞬、ガーナに目を向けた。
……え?
確認を取るように見えた。だが、何も企んではいない。
「君が始祖信仰者だって知らなかったけどね。リンはそういうのは嫌う人だって思っていたからさ」
始祖を信仰するのは帝国の文化だ。
それを嫌っている人は多くはない。それなのにもかかわらず、イザトは当然のように言い放った。
「……別に信仰してるわけじゃねぇよ」
リンは否定しない。
貴族にとって、始祖の存在は神にも等しい。
帝国の在り方を守り続けている始祖がいるからこそ、貴族としての暮らしを続けられているのだと信じて疑わない帝国民は少なくはない。
それなのにもかかわらず、リンはイザトの言葉を否定しなかった。
「そう? じゃあ、あれかな。否定する術を探して諦めたから、認めるの?」
イザトの言葉は遠慮を知らない。
迷うことなく放たれた言葉に対し、リンは静かに首を左右に振った。




