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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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02-1.夢が覚めれば現実になる

* * *



「……夢……?」


 眼を開ける事すら苦痛に感じる痛みに襲われ、再び眼を閉じる。


 ひんやりとした木の感触が頬に伝わる。


 ……そっか、寝てたんだ、私。


 近くで話し声が聞こえる。


 教室には、暖かな日差しが降り注いでいるからだろうか、痛みが和らいでいく。


 穏やかに流れる空間に、落ち着きすら感じる。


 ……夢だったんだ。


 ガーナは夢を見ていた。


 それはただの夢だとは思えない生々しい光景だった。


 平和な現代では目にすることはないだろう戦場の光景を夢という形で目にしたのは初めてだったが、胃の中がひっくり返ったかのような吐き気だけが残っている。


 ……生々しかったなぁ。


 夢の中で繰り広げられた会話を思い出そうとしても、思い出せない。


 思い出すことを拒否されているのではないかと錯覚してしまうほどに、綺麗に、会話だけが抜け落ちていた。


 ……酷い場所だったわ。あんなところに居たら、私、死んでるかも。


 それでも、あの残虐な光景だけは思い出せる。


 全てが終わってしまった光景。全てを失った光景。


 嘆き悲しむマリーと刃を向けるシャーロットの姿。


 それらが、全て夢であったと片付けたくなかった。


「大事な人を守れずに、死ぬ、かぁ……」


 ……あれは、聖女様なのかな。


 三日前、聞かされた始祖の話に似ていた。


 大切な人たちを失い嘆き悲しんでいた。


 それは人間らしい姿のようにも見えた。


 同時に、聖女として選ばれた女性としては何かが足りないように感じてしまう。



「え? あの、ガーナちゃん? 今なんて――」


「ふえええええ!?」


「きゃあ!? な、なんですの!?」


 飛び起きて声がした後ろを見る。


 そこには、首を傾げて荷物を置いているライラの姿があった。


 綺麗に解かされた髪は内側に巻かれ、優雅に微笑むその姿は、不思議とシャーロットの笑顔と重なった。


 夢の中では見ることはできなかった。


 それが惜しいと感じてしまうのはガーナの感情なのだろうか。


 ……あれ、今。


 何も似ていない。


 それなのに泣き出してしまいたくなる程に同じに見える。


 何故だろうか。


 その笑顔を見ると、痛みは嘘のように消えてなくなった。


 ……気のせいかな。


「なぁーんだ、ライラかぁ。驚かせるんじゃないよ!」


「え、ええっと? ――どうされましたの? ガーナちゃん」


「……いーや。ライラの顔を見たら、全て吹っ飛んじゃったよー! さすが! 私の親友だね!」


 悩みを相談する事は出来ない。


 それは、ライラの事を親友であると思っているからこその選択だった。


 先の見えない非現実的なことを知ってしまった。


 それは親友だと思っているからこそ打ち明けることはできないものだった。


 話せば、関係性が崩れてしまう。そんな気さえしていた。


 ……ごめんね、ライラ。


 心の中で謝る。それしか出来なかった。


 ……私は、ライラの事も守りたいから。だから、ごめんね。


 ライラの日常まで狂わせるわけにはいかない。


 狂ってしまえば、もう元には戻ることはできない。


「ふふっ、それほどに重要なことじゃなかったってことよー。だから、心配しないでいいのよー」


「そうなのですか?」


「そうなのですよー。うふふっ、ふふっ、ふはははははっ!!」


「え、ええ? どうしたのですか……?」


 突然、腹を抱えて笑い出したガーナに戸惑いを隠せないライラ。


 二人の光景を見て集まって来た友人たちは、その奇妙な光景に首を傾げていた。


「ぷくくっ、そんなに、うふっ、心配しないでおくれよ!」


 嬉しそうに笑いながらも話すガーナはおかしかった。


 何もないのだ。


 何もないことが幸せだと感じてしまう。


「突然、大声で笑い始めたら心配しますよ。本当に、大丈夫ですの? ガーナちゃん」


「そうだね、確かに突然、こうなったら誰だって心配するよ、ヴァーケルさん。はいはい、動かないでよ。熱を測らせてね」


「うひひひっ、うふふっ!」


 笑い転げそうなガーナの額に手を当て、熱を測りながらもイザトは言う。


 いつの間にか心配そうな顔をしている友人たちに囲まれていた。


「でも、頭が湧いたわけではないみたいだよ。だけども、今から精神科に連絡を入れた方が良いみたいだね」


 それから、直ぐに手を払う。


「生まれつき狂っているのは、今の医学で治るのかはわからないけど、受診させた方が良いと思うよ」


 汚れを落とすような素振りに対して怒る事もなく、それすらガーナの笑いを誘導するものへと変わっていた。


「おはようございます、イザト君。ところで、本当ですの?」


「当たり前じゃないか」


「まあっ、大変! 私、ライドローズのお医者様がどのような方なのか存じ上げませんのに」


 相変わらず貼り付けられた笑顔を浮かべたまま、真剣な声色で呟いたイザトの手を叩き落としてから、ライラに指を指す。


「ぷくくっ、イザトよぉ、ふくっ、なぁーにを言って、ふはははっ! 後ねっ、本気にしてるんじゃないよぉ! ライラぁっ!」


 ……どうして精神科に連れていく事が前提なんだい!?


 疑う事無く、本気にしているライラと恐らく本気で言っているイザトを見比べてため息を零す。


 生まれ育った境遇はなにもかも違うのにもかかわらず、二人は似た者同士だ。ガーナはそう思っているのだが、それを口にする機会はないだろう。


 ……全く、この二人はコンビでも組むべきだね。


 天然で信じやすいライラと平然と冗談か本気かわからない事を言うイザト。


 似ているようで似ていない二人が仲好く会話しているのは日常の光景だ。


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