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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第2話 聖女は平穏を願い、少女は日常を願った

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01-2.聖女の願いは届かない

「終わりのない罪からお救いくださいませ」


 それでも、縋ってしまう。


 可能性と奇跡を信じてしまう。


「マリーも神様の元へお連れくださいませ……」


 それ以外に救われる道がないほどにマリーは心身ともに弱っていた。


「神様、神様……、お願いいたします。神様……」


 残酷な現実を否定する勇気も逃げ出す度胸もなく、同じことを悔やみ、涙を流す日々にマリーの心は少しずつ削られていた。


「どうか、願いを叶えてくださいませ、神様……」


 神様の名前すらも忘れてしまった聖女には救いはないのだろうか。


 願うのは戦争のない平和な時代。


 願うのは帝国の民の笑顔が絶えないこと。


 そして、マリーに任せられた役目が終わることだった。


 どちらも訪れることは難しいと知っているからこそ、乞うのだろう。


「……マリー」


 マリーは肩を震わせた。


 声をかけてきたのは紅色の髪をした女性だった。


 マリーの苦しみを全て知っていると言うかのように優しい声をしている。


「シャーロット……」


 彼女、シャーロットは戦場を駆け、死を振り撒いていた。


 この場にいた多くの人々は彼女が振るう大鎌から放たれる魔術により命を奪われた。


「シャーロット」


 縋りつくような声をあげる。


 しかし、シャーロットはマリーの心の悲鳴に気づくことはない。


「はは。見てみろ。マリー。戦争が終わったぞ」


 壊しても構わない玩具で遊んでいるかのように楽しそうな笑い声をあげながら、シャーロットは魔術を行使した。


「退屈なものだった。期待外れだった。そう思わないか?」


 シャーロットが生み出した酸の雨に濡れ、身体が溶け出し、死んでいく人々の姿を目にしたシャーロットの楽しそうな笑顔は同じ存在だとは思えなかった。


「思わないわ。お願い。止めて。シャーロット。そんなことを言わないで」


「なぜ?」


「シャーロットが、そんなことを望む人じゃないことを、私が誰よりも知っているからよ」


 シャーロットは殺戮者だった。


 シャーロットは狂気の中で生きている。


 シャーロットは望んだ幸せを全て奪われ、生きる望みを捨ててしまった。


「だから、そんなことを言わないで」


 それでも、マリーはシャーロットのことを嫌うことができない。


 マリーは知っているのだ。


 彼女は家族や友人、仲間を大切にしているのだということを知っている。


 大切な人々を守る為ならば手段を選ばないものの、本当は人間を殺しながら笑えるような気の狂った女性ではなかったことを知っている。


「どうして泣いている。なにが悲しい。貴様の嫌いな戦争は終わったぞ?」


「……終わってなんかいないわ。何度も繰り返されてしまうもの」


 知っているからこそ、嫌うことができなかった。


 長い月日がシャーロットを狂わせたことをマリーは知っていた。


「それはそうだろう。私たちは帝国を脅かす全てを払い落すことが役目だ。始祖として役目を果たさなければならない。帝国が望むのならば、何度でも戦争を繰り返すだろう。それは今に始まったことではないだろう」


 シャーロットは笑う。


 敵の血で頬が汚れていることにも気づかず、戦場を生きる場所とする彼女は戦争を否定することは一度もなかった。


「どうしてそうやって諦められるの? 貴女だけじゃないわ。兄様も戦争を肯定するのよ! どうして貴女たちは戦争を認めてしまうの!?」


 シャーロットはマリーの訴えを理解していないだろう。


 なにが言いたいのかを理解をすることができても、それを受け入れることはできない。


「教えてよ、シャーロット! どうして貴女たちは変わってしまったの!?」


「変わった? それは貴様だろう」


「いいえ! 私はなにも変わってはいないわ!」


 マリーの言葉はシャーロットには届かない。


 帝国を勝利に導くための旗印にすぎない聖女は、戦争を勝利に導いた時点で役目を失う。


 それを理解しているからこそ、マリーは平和を求める。


 自らの役目を終わらせる時が来るのを求め続けてしまう。


「そう思っているのは貴様だけだろう」


「どうして? どうしてそうやって決めつけられるのよ!」


「それは私たちには必要のない考えだ。皇帝の意思に従い、帝国の発展のために身を捧げる。それが私たち七人の始祖に与えられた役割だろう」


 それは始祖たちの共通認識だ。


 皇帝が戦う意思を決めたのならば、帝国を護る為に始祖は敵を殺戮する。


 全ては帝国を護る為であり、それ以外の正義など始祖の中には存在しない。


 しかし、マリーだけが違った。


 七人の始祖の一人なのにもかかわらず、マリーだけが違う。


「歪んだか。狂ったか。それとも、もう全てを失ってしまったか」


 シャーロットの言葉を否定するように、マリーは左右に首を振る。


 力のないその動作を見下すかのように、シャーロットは笑みを零しながら問いかける。


「意味のない祈りなどを捧げるのはなぜだ。貴様の聖女としての役割は果たしだろう」


 この場において異質なのは、マリーではなくシャーロットの方だった。


「鎮魂歌など意味もないことだ」


 シャーロットは右手で握りしめている鎖鎌の柄を撫でる。


「帝国の正義を知らしめる為の旗印として聖女は役に立つ」


 口元だけを緩めた笑みは、嘲笑しているようでありながらも、品格を落とさない。生まれながらの高貴さをシャーロットは持っていた。


「貴様に与えられた役割などそれだけだ」


 本来ならばシャーロットは戦場に立つ必要はない。


 尊き血を持つ彼女はその手を汚す必要はない。


 帝国の為にその身を血に染めなくても生きていくことができただろう。


 この場にいるのはシャーロットが望んだからである。その身を血で染め上げ、敵を葬ることを彼女が強く望んだのである。


 だからこそ、マリーはシャーロットのことがわからなかった。


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