14-4.知らないことが罪だというのならば
「誰のことを言っているのかわからないけど、まあ、いいわ。そういうことは気にしない主義だからね!」
ガーナはそういい、両肩にかかっていた髪を手の甲で払った。
それから大袈裟なまでに笑顔を作ってみせる。
「私は聖女様の記憶はないし、聖女様でもないわ。でも、アンタが同じ血が流れているっていうなら、私は兄さんの妹として同じようなことをしたんでしょうね!」
「貴様はそれでいいのか」
「いいのよ。私は私だもの。イクシード・ヴァーケルの妹は私だけなの」
ガーナはなにかに勘付いているのだろうか。
シャーロットの疑うかのような眼を向けられながらもガーナは笑う。
「だから、それでいいのよ。アンタが誰と比べていようが、そんなことは私には関係ないからね」
自分自身の信じるものを疑われていようが、ガーナはいつだって楽しく生きる道を選ぶのだろう。
そういうところはシャーロットの知っている聖女とは正反対だった。
「私は聖女様じゃないし、聖女様を演じるつもりもないわ」
すぐに皮肉を口にするシャーロットの話し方ですら懐かしさを抱く。
目を反らせば、消えていなくなりそうだった。
そして、それを望んでいる。
なぜかは知らないが、そんな気がしていた。
「私は私よ。私はガーナ・ヴァーケルだもの!」
それは、自身を通して他人を見ているからであろうか。
目の前にいる筈なのにも関わらず、疎外感を味わう。
「貴様がそれを保っていられるのならば、私も一個人として接するとしよう。聖女と比べたことを謝罪しよう」
それを察したのだろうか。
シャーロットは、口元を歪めた。
貴族らしく口頭だけの謝罪に少々、不満を抱きながらもガーナは頷く。
……貴族の謝罪って素直じゃないんだよねぇ。
素直に言葉を言うことすら出来ない友人を思い出し、笑みすら零れてくる。
「今の貴様ならば、本当に与えられた役割すら書き換えてしまえそうだ。それが正しいことであるとは思わない」
ガーナは引き返すことはできないだろう。
「だが、不思議なものだ。貴様はなにかを変えてしまいそうな気がするよ」
それを知っているからこそシャーロットはガーナの言葉に賭けてみたくなったのかもしれない。
真実を探求しようともせず、ただ、自分自身の感情のままに駆け抜けようとするガーナの行動力に期待を寄せてしまう。
それにより、なにかが変わるとは限らない。
それでも、シャーロットはガーナのことを見守るのだろう。
……うん。まったく、わからないわ。
話を聞く限り、それは多くの人々の運命を狂わせる行為であった。
けれども、書き換えることが出来れば、それだけで救われる人もいる。
「後悔をせぬよう、好きに生きよ」
「言われなくてもそうするわよぉ。ねえ、シャーロットを救いたいって言ったのを忘れてない?」
「気持ちだけで十分だ。重い物を背負う気はないのでな」
紅茶を一飲みする。
そして、話は済んだと言うかのように立ち上がった。
「重い物って失礼ね! あのね、シャーロットは、おばあちゃんみたいよ! そりゃあ、おばあちゃんの知恵だってすごい役に立つわよ? でもね、それだけじゃあダメなの。もっと柔軟に生きなきゃ人生を損するだけよ!」
「なにが言いたい」
「あのねぇ、シャーロットのやり方だと守りたい人を失うだけなの! 守りたいなら正々堂々としてなきゃねっ! そんな考えだったら守りたい者も守ることはできないわ!」
クッキーに手を伸ばしながら、ガーナは言葉を続ける。
「私はアンタになにも失ってほしくないの。だって、これ以上、アンタがバカみたいに傷つくだけの世界なんて間違っているもの!」
早々に帰れと言わんばかりの視線がシャーロットから向けられていることには気付いているものの、提供された菓子を一つも残していくつもりはなかった。
「あのね、過去に縋りつくのはダメよ? 死んだら終わりよ。そりゃ、アンタみたいな例外はいるかもしれないけど。基本的には死んだ人間を取り戻すことなんてできないわ」
ガーナにとっては何気ない言葉だった。
しかし、それを言われたシャーロットにとっては違ったのだろう。
「国教の聖書に書いてあるじゃない。アンタも始祖の一人だって言うなら、信者のお手本にならなきゃダメよ」
酷く驚いたかのように眼を見開いている。
……うわ、心当たりがありそうな顔だねぇ。
先ほどまで罪を背負っていると自覚している言いたげな言葉が並べられていた。
「あのね。過去を忘れるのは無理かもしれないけどね。でも、そればかりに拘るのもダメなのよ」
だからこそ、遠回しに触れたのだが、こうも驚かれてしまうと罪悪感すら浮かんでしまうから不思議なものである。
「大切な人を亡くしたなら、そりゃ、過去に縋りたくなる気持ちもわからなくはないよ? 私だって大好きなおじいちゃんが亡くなった時は、また話をしたいって思ったもん。今だっておじいちゃんが生きてたらなぁ、なんて、思っちゃうことはがあるわよ?」
過去に縋りついて手に入れることができるものはない。
思い出にしがみついても、前に進むことは出来ない。
「でもね。開き直って、未来を見てみるのも素敵だと思うのよ」
「……貴様ならば、未来を見ると?」
「過去は思い出、未来は作るもの! って、感じね」
「綺麗事だな」
「綺麗事でも偽善でも良いじゃないの! 前に進まないよりも、ずっと良いわぁ――、って私の話を無視してどこにいくのよおおおっ!! ここはアンタの部屋じゃないの! 私を残してどこに行くつもりなの!?」
興味が失せたかのように歩き始めたシャーロットを慌てて追いかける。
自分の思い通りに生きる。そう言う面では同じなのかもしれない。
……いいや、私はこんなに自己中じゃないわ。
思った考えを否定する。認めてしまうのは、なんだか悔しかった。
「ねえ、シャーロット」
「なんだ」
「聖女様と仲が良かったの?」
シャーロットは眼を細めた。
……あ、触れちゃいけない話題だったのかなぁ。ああっ、私のバカ! どうして空気が読めないの! 上手に話をまとめたのに!
気まずい空気は嫌いだ。
だから、聞くべき質問ではなかったのだ。
そう後悔したガーナであったが、シャーロットが声を押し殺すようにして笑っていることに気づく。
……あれ?
怒られることも想定していた。
泣かれてしまうことも想定していた。
好奇心に駆られてしまったが、それが触れるべき話題ではないとすぐに気づいたのだ。
しかし、質問されたシャーロットは楽しそうに笑っていた。
「過去を求めるなと言っておきながら、過去を聞くとは。矛盾ではないか?」
「え、あ、うん。あはは、私ってば矛盾人間だからねぇ!」
「自覚があるだけ救いがある」
「んぅ? 思い切りバカにしてるよね?」
ドアノブに手を掛けてシャーロットは、また笑い声を上げた。
扉を開き、シャーロットの後ろに立っているガーナの腕を掴んで強引に部屋の外へと出してしまう。
「あっ」
小柄なシャーロットのどこにそのような腕力があるのか。
ガーナは思わず余計なことを考えてしまったが、すぐに部屋の外に追い出されたのだということに気が付いた。
「聖女とは因縁の仲だった。貴様が想像するような間柄ではない。それだけの関係だ。話は終わりだ。ガーナ。さっさと部屋に戻れよ」
一方的な言葉だけを残して扉は閉められた。
締め出されたといっても過言ではないだろう。
……え、なに。私、邪魔だったの?
部屋に来いと誘ったのはシャーロットである。
「お菓子、食べ終わってないのに」
まだ机の上に残っていた菓子には名残惜しさすら感じる。
普段ならば口にすることもできないだろう高級品のクッキーばかりが並べられていたことは、ガーナだって気が付いていたのだ。
それはライラの部屋に遊びに行くと時々貰えるお菓子と同じものだった。
扉の前で立ち尽くしていたガーナではあったが、扉が開くことはなかった。
仕方がないのでクッキーを諦め、ガーナは自室へ戻って行ったのだった。




