02-2.ガーナ・ヴァーケルは変わり者の魔女である
「ねぇ、ライラ!」
ガーナは楽しそうにライラの名を呼ぶ。
「久しぶりの買い物をしているのだからさ。豪遊しようよぉ!」
その口から飛び出すのはとんでもない提案だった。
「たくさんお洋服を買いましょうよ! お菓子だって買っちゃいましょうよ!」
ガーナは自由だ。
身分差を考えることを放棄し、その場の勢いだけで生きているかのように見せかけることに慣れている。
「たまには楽しいことをしないと退屈になっちゃうわ!」
身分に囚われることのない友人を求めているライラにとっては、身分を気にしなければいけない生徒から慕われても意味がないのである。
去年、起きてしまった出来事によって、誰もが理解をしていることだった。
「私ね、兄さんからお小遣いをもらったの。パパもママもそんなにくれなかったんだけど、兄さんがこっそりとね。だから一緒にたくさん買えるわ!」
ガーナは、そんなライラの肩を叩きながら笑った。
……これでも王女様なのかねぇ?
声に出すことはないが、内心では疑っていた。
……私のことを見下さない貴族様なんていないのに。
本当は同じような市民階級の人間ではないのかと願う気持ちが生まれてしまった疑問だろう。
……ライラは優しすぎるんだよね。
あまりにも優しすぎるライラとこれからも一緒にいたいと願うからこその疑問だ。
「たくさん買い物をされていたでしょう?」
ライラは穏やかな声で笑っていた。
「置くところがなくなってしまいますわ。ガーナちゃん、物を捨てるのは苦手でしょう?」
「苦手じゃないわ。まだ着られるのに捨てるなんてできないだけよ!」
「ええ。前もそう言っていましたものね」
ライラは去年買った服を着ない。
それはライラに限ったことではない。学園に通っている多くの生徒が当然のように物を捨てている。
金銭的な余裕がある貴族たちにとって、新しいものを購入した時には古いものを捨てるのは当然のことなのだろう。
「捨てるなら私がもらってあげるわよ」
大量廃棄されそうになっている衣類を思い出したのだろう。
「また部屋に入れなくなっても知りませんわよ」
「またまた、なんだかんだ言っても助けてくれるくせに。知ってるのよ。ライラは大親友の私には甘いんだからね!」
……節約なんて聞いた時の顔を思い出すわ。
警備の厳しい帝国で身分を偽ることはありえない。
帝国には七人の始祖がいる。
彼らは帝国の害となる人間を受け入れることを拒絶する。
……帝国より貧しい国でも王女は王女だものね。
古くなった毛糸の洋服は解いて新しいものに仕立てられる。小さくなってしまった衣類は鞄やタオルなどに作り変えてしまえばいい。
当然のようにガーナが作り変えてしまう姿を見たライラの眼は輝いていた。
「今度、縫物を教えてあげるわ」
ガーナはライラのような華やかな刺繍はできない。
それでも、生活に役立つものならば作れてしまう。
「約束ですわよ」
「もちろんよ。私、約束を破らないもの」
「ええ、知っておりますわ」
……帝国のお貴族様とは大違いよ。
帝国の皇族は、およそ千年の歴史を持つとされている。
歴史の中ではレイチェル王朝からテンガイユリ王朝に交代するなどの出来事があったものの皇族に流れている血の尊さには変わりはない。
……少しはライラの愛くるしさを見習うべきね!
その地位を脅かす者は、誰であったとしても極刑に処される。
皇族の意見を無視しようものならば、その場で拷問が行われてしまうだろう。
勿論、拷問が終わった後の生は望めない。苦しみ足掻きながら命を落としていく姿を見て、ようやく満足をするのだろう。
皇族の意思を尊重し、逆らうことのできない民衆が飢え死にしても、皇族や貴族は贅沢を止めない。刃向う者どもは、例外なく皆殺しにされてきた。
それこそが、帝国を治める皇帝の姿なのである。
もっとも、現皇帝は帝国を支えている“身分制度”を改革しようとしている噂ではあるが、それが事実かは、確かめる術はない。
……本当は疑うべきなんだろうけど。
それは、学園で得た経験からの疑いであった。
……純粋な人に裏があるのはよくあることだしね。
貴族の子息や令嬢が多く通うフリアグネット魔法学園では、ガーナのような市民階級の人間が通うことは少ない。
……本当は私なんかが話しかけていい身分なんかじゃないし。
優秀な魔法使いや魔女は、多ければ多いほど、国力の維持や拡大に繋がる。
そこには身分制度以上の価値があるのだ。
……そんなのは、私もわかっているけど。
帝国を守る為の力には身分など存在はしない。
しかし、根強い身分差別や偏見は市民階級の子どもたちの心を大きく傷つけてきた。ガーナもその一人である。
……でも、親友だもの。良いじゃない。学生は身分とか関係のない友人関係を築くものだって兄さんも言ってたし。
結局は、身分制度から抜け出せない。
国の為に命を差し出し、得られるものは犠牲だけだった。
自らの意思を貫き、その結果が帝国を守る為の生贄になることである。それが美徳とするのは、帝国民の根本に始祖信仰が根付いているからなのかもしれない。
「ねえねえ! まだまだ遊ぼうよ! ちょっとくらい豪遊したって怒られないでしょ? お金をいっぱい使おうよ!」
それを学園で学びながらも、ガーナは笑っていた。
――もっと、酷い差別を受け、笑っている人の存在を知っている。
だからこそ、弱音を吐くわけにはいかなかった。
「ええ、勿論ですわ。……豪遊は祖国へ迷惑がかかるのでいたしませんけれど」
「いやーん。頭が固いのね! 少しの豪遊で経済が傾くなら、帝国はとっくに亡国よ! あんなにバカみたいにお金を使ってドレスを着ている貴族なんて飢えて死んでしまっているわよ。そんな人を聞いたことがないもの。だからお金をたくさん使っても大丈夫よ!」
「亡国なんて不吉な言葉を口にするものではありませんわ。不敬罪に処されますわよ。ガーナちゃん、あなたは軍に目を付けられているのでしょう? なにが切っ掛けになるかわかりませんわよ」
ライラは心配をしているのだろう。
それに対し、ガーナはいつも通り笑っていた。
「いやーん! ライラが怒ったわ! こわーい!」
「こら! ちゃんと話を聞きなさい!」
本来ならば、隣国の第二王女という高貴な身分を持つライラが、堂々と散策や買い物をするのには、色々と面倒な手続きを交わしたり護衛をつけたりしなければならない。
「フリアグネット魔法学園には、帝国が誇る古い時代の防御魔術が施されているんですもの! 魔法じゃなくて魔術よ? 今ではあの始祖たちしか使えないって噂のやばい力で出来てるのよ?」
その手続きをせずとも、こうして自由に行動する事が許されているのは絶対安全を誇る設備があるからである。
「だから、亡国なんて不吉な言葉もブラックジョークとして受け入れられるわ」
それは常に生徒たちを監視しているともとれる設備だった。