14-3.知らないことが罪だというのならば
「ねえ、それ! 魔法だよねぇ!? どうやったの!?」
見たこともなければ、聞いたこともない。
教科書にもそのような生活の上で役に立つ魔法が存在することは書かれていなかった。
「……廃れた旧家の風習だ。魔術ではないが、そうだな、あえて名をつけるのならば魔術の劣化版というべきだろうか」
「それを立派な魔女が使うって皮肉かしらぁ!?」
繕った表情が破顔する。
そして、御茶請けとして出したクッキーを口に放り込む。口の中で広がるバターの風味を味わう。
……結構、勇気がいるものね。
いつも通りにしようと意識をすれば、余計にわからなくなる。
……それでも、言わなくちゃね。
シャーロットを救いたいのだと零した言葉は、嘘偽りの無い本音だ。
なぜ、出会ったばかりである彼女に対してそう思ったのかは、わからなかった。
……私は、この人に死んでほしくないんだから。
けれども、言葉を交わして理解した。
「聖女の生まれ変わりだとか転生だとか、そういう難しい話はよくわからないわ。正直、何度言われても理解できないと思うの。でもね、そういうのとか関係ないのよ。アンタが子孫ちゃんを守りたいのと一緒よ」
突然の内容に戸惑いを隠せないのか、シャーロットは眼を見開いた。
……ごめんね。
ガーナは、それが望まれていないことに気付いていた。
「私も友人としてシャーロットのことが気になるの。だから、アンタの話を全部信じてあげるわ」
真実を告げたのは、知らぬまま突き進むのには厳しい現実だったからであろう。
「それにね。レイン君と話をしている時、幸せそうな顔をしていたのよ」
そうでなければ、今まで放置されていた説明がつかない。
身近には始祖である兄がいたのだ。
兄がなにも言わなかったのは、言わなくても良かったからだろう。
「自覚はないでしょ? リンと話をしている時、アンタは楽しくて仕方がないって顔をしていたわ。本当はアンタだって年相応に生きてみたいんじゃないの?」
レインと話をしている時のシャーロットは楽しそうだった。
家族ではないと否定しながらもレインのことを気にしていたのだろう。
それは第三者という立場で見ていたからこそわかったことだった。
「私は私としてシャーロットを救ってみせるわ。アンタがアンタとして生きられるようにしてみせるわ」
それは宣言をする必要もない言葉だった。
「それが聖女の役目じゃないっていうのならば、それでいいわよ」
ガーナは胸を張って宣言をしたものの、シャーロットは呆けたような表情をしている。
「私は聖女じゃないもの。ガーナ・ヴァーケルとして、シャーロットの友人としてするだけだから」
ガーナの言葉を理解できないとでも言いたげな表情だった。
「聖女の話はなしにしても、シャーロットを救うわよ」
「私が救いを求めているように見えるのか」
「見えるわよ。迷子みたいな顔をしているわ」
「そうか。貴様にはそのように見えるのか」
ガーナの言葉を聞き、シャーロットは笑った。
ありえない言葉だと小さな声で呟きつつも、少しだけ安心したかのようだった。
「そうね。シャーロットのことを知ろうとしているからこそ、そうやって見えるのよ」
理解者の真似事は出来ない。
シャーロットの望みを叶えることはできない。
それでも、ガーナは本音を口にすることだけはできる。
「私はアンタのことを嫌いじゃないのよ。初めて会ったとは思えないの。本当に初めて会ったのなら、昨日、アンタの姿を見つけて追いかけたりしないわ」
それは気のせいなのかもしれない。
会ったことがないのは事実だ。
それなのにもかかわらず、本能が告げていた。
「シャーロットは一人じゃないわ。私がアンタの味方になってあげる」
「それは頼りのない味方だな」
そう言いつつも、シャーロットは拒絶しなかった。
「一人で泣かせるような真似はしないわ。シャーロットは家族が大好きな優しい人だってことは、私が誰よりも知っているんだから」
「それは貴様の妄想だろう。私に家族などいない」
「いるわよ。誰よりも大事な家族じゃないの」
それはガーナの知らないことだった。
不思議なことに知らない知識がある。
「忘れたなんて冗談でも言わせないわよ」
それを恐ろしいことだと拒むこともできるだろう。
それを利用することもできるだろう。
「兄さんだってシャーロットにとっても大切な人の一人じゃないの? 始祖としてもずっと一緒にいたんでしょ? それなら家族も同然じゃない」
「強引な考えだな。ギルティアと家族などと吐き気がすることを口にするな」
「失礼ね! 兄さんは誰よりも優しくて、誰よりも素敵なのよ!」
誰よりも優しいと信じて疑わない兄を思えば、心が温かくなる。
……大丈夫、望まれなくたって構わないもの。期待外れだって言われるのだって慣れているわ。
拒絶されても、それでも救いたいのだ。
なにかに囚われたまま、苦しんでいることすら表に出さないシャーロットを見ていると、苦しくなった。
なぜ、苦しんでいるのかわからないことが、心苦しかった。
本当にガーナの思う通り、シャーロットが苦しんでいるのかもわからない。
得体の知れない知識による洗脳の可能性もある。
それでも、苦しんでいるのならば救いたいと願うのはいけないことだろうか。
……それが私らしいって、兄さんなら言ってくれるから。
わからないのならば、救えばいい。
笑ってくれれば、それでいい。
結果さえよければ、過程なんてどうでもいいのだ。
そんな自分中心の考えで、多くの人を振り回してきたが、それに感謝されることも多かった。だからこそ、ガーナは自信をもって笑っていられるのだ。
「よく覚えておきなさい。私から友人を奪わせないし、邪魔だってさせないわ。その代わり、私がアンタを救ってあげるわよ!」
なぜ、救いたいと思うのか。
なぜ、なにかを抱えていると知っているのか。
その二つを考えるよりも、行動に移せばいい。そうすればわかるはずだ。
「……貴様は記憶がなくても変わらないのだな」
初めて、シャーロットが笑い声を零した。
子供染みた笑みではなく、優雅な気品溢れた笑い声。それは小さな声であったが、二人だけの部屋には十分響く大きさだった。
「貴様らはいつだって図々しく私に関わろうとする」
「そうねえ、よく図々しいとは言われるわね! 誰と一緒にしているのかわからないけど!」
「わからないのならば、それでもかまわない。ただ、懐かしい感情を思い出させてくれたことを素直に感謝しよう。ガーナ、貴様のその身に流れているのは、確かに、彼奴と同じ血だな。彼奴と同じようなことを言われたのは数百年ぶりだ」
思い出に浸るかのように眼を細めた。
シャーロットの目に映っているのは本当にガーナだろうか。
それとも、ガーナを通じて別の人物の姿を思い出しているのだろうか。
どちらにしてもシャーロットは嬉しそうに笑っていた。