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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない
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14-1.知らないことが罪だというのならば

* * *



 ……意外と汚い部屋なのね!


 シャーロットの自室は様々なもので溢れ返っていた。


 片付けることが苦手なのだろう。


 ……本を踏まないようにしないと気を付けて帰らないといけないね。


 そのような些細なことに眼を向けてしまいそうになったが、ガーナは誘惑を断ち切ってシャーロットだけを見る。


「千年前、とある大予言者は帝国の危機を予言した」


 シャーロットは、目の前の椅子に腰を掛けて、淡々と語る。


「そして危機を回避する為、七人の英雄が選ばれた。選ばれた子らはどれもが特殊な体質の持ち主であり、普通とは掛け離れていた」


 昔話を読み聞かせるかのように淡々と話をしている姿は同い年には見えない。


「それを選ばれた者の象徴と喜ぶ者もいれば、呪いをかけられたと嘆く者もいた」


 背の高いガーナに比べて小柄なシャーロットではあるものの、なぜか、シャーロットが年上のような気がしてしまう。


「七人の英雄は神に愛された。神は七人の英雄が帝国を護り続けられるようにと世界の仕組みを変えた。それにより、英雄は永久の眠りにつくことさえも許されず、帝国を護り続ける為だけに生きる存在になった」


 それは生きてきた年数が違うからなのだろうか。


 不意に浮かべるシャーロットの悲しげな表情が気になってしまう。


「帝国は滅亡を恐れたからこそ、化け物を生み出した。それが今の世にも語り継がれている始祖の正体だ」


 語られた話は、伝承されてきた始祖の物語と似ていた。


 いや、シャーロットが語った話が本来の出来事なのだろう。


 始祖信仰という宗教により徐々に伝説として真実が歪められてきたのだろう。


 それは、この世界の成り立ちであり、強国であるライドローズ帝国が名を知られる切欠となった話だった。


 だけども、それは現実味がなく、作り話のようにすら感じられる。


「私たちは、帝国を守る為だけに罪を背負う咎人だ。それなのにもかかわらず、マリー・ヤヌットは役目を否定した。それはあってはならないことだ」


 シャーロットは表情を変えることなく、自身が知っている全てをガーナに教えた。


「貴様には覚えがないであろう。先代聖女は役目を拒絶し、貴様のような存在を生み出したのだ」


 シャーロットが語る言葉はどれもが知らないものだった。


 ……そんなことを私に言われても困るのよ。


 聖書に書かれたような話だと笑ってごまかすのは違うだろう。


 それが真実なのかと大げさに驚くのも求められていない。


「貴様も帝国の被害者だ。そのことに関しては私から謝罪をさせてもらおう。本来ならば関わるべきではなかった民を巻き込んだことは、私たちの責任だ」


 シャーロットは淡々と話を続ける。


 ……謝罪なら頭を下げなさいよ。


 謝罪とは口にしつつ、謝るつもりは微塵もないのだろう。


「貴様は始祖の一人、聖女の魂を継承している」


 ライドローズ帝国が大国となったのは始祖の存在が大きい。


 帝国のような奇跡を生み出そうとした国々も多く、その技術は現代では不可能であるとされているものばかりだった。


「継承していながらも自我を保つなど聞いたことのない話だ。始祖は転生を繰り返すが、新たな自我が生み出されることがないように呪われているのだから」


 聞いたことのない言語が混ざっていても、ガーナはその意味を理解していた。


 それに戸惑いを隠せていないガーナに言い聞かせる。


 まるで、それ以外には、ガーナを救う術がないと言うかのようだった。


「ふふ、なんだい。それ。悪趣味な冗談、――質の悪い冗談だね。そう決まっているわ」


 始祖は、ライドローズ帝国を守ってきた存在だ。


 帝国独自の宗教である始祖信仰の中でもその存在は語られている。


「転生を繰り返し、帝国を守る為だけにその力を尽くす化け物。そうやって、聖書にも書かれているじゃない」


 神に力を与えられ、生まれながらにして多くの罪を背負ってきた罪人。


 そして、帝国の為に生き続けなければいけない宿命を背負ってきた存在。


 重い咎を背負いながらも、帝国の為に全てを捧げ、人間であることを放棄させられた存在。


「私をそれと同じ扱いをしないでよ」


 そんなあまりにも大きすぎる話を簡単に受け入れられるものではない。


「私は神様のように神々しいけど、本当に神様になりたいわけじゃないもの。神様の愛がほしいわけでもないし、私は私として生きていければそれだけで幸せよ」


 知らない方が幸せだと感じる内容だった。


 シャーロットを通じてとはいえ、兄からの伝言はこのことを意味していたのだとガーナは痛感するが、それでもやはり簡単に受け入れられるような問題ではない。


「ありえないわ」


 認めてはいけないのだ。


 認めてしまえば、元の生活には戻れない。


「だって、私は平民生まれの魔女候補生として生きているの」


 頭の中を過るのは、歴史の授業で習ってきたヴァイス魔導連邦国との幾度も行われてきた戦争や、世界大戦と呼ばれる幾つもの国が同時に行った戦争、帝国喪失が危ぶまれた市民革命の行く末だ。


「そういうのは関係のないところで生きてきたの」


 本来ならばそれらの危機により帝国は滅びていた。


 少なくとも皇帝による独裁国家ではなくなっていただろう。 


「魔力は、貴族様の特権だと思っていたのよ。それなのに、それ以上のものを与えられても困るわよ。だって、私のどこが神様に愛される要素があるのよ? 帝国の為に生きるなんて私は嫌よ」


 帝国の為にすべてを捧げるほどに愛国者ではなかった。


 だからこそ、ガーナはあり得ないと心の底から声をあげる。


「聖女様の生まれ変わりが私だっていうのならば、それこそ、帝国は滅びるわよ」


 七人の始祖の中でも聖女は特別な存在だった。


 人々の心の中にあり続けた聖女は帝国の希望の象徴だった。


「私は聖女に選ばれる要素なんてなにもないもの」


 多くの民が死に、帝国の存在にすら影が差した数々の修羅場の中に現れた唯一の希望の光だ。


「自分のことが大好きで、私の大切な人たちの為ならばなんだってするような人間よ。それでも私のことを聖女だっていうのならば、笑っちゃうわ」


 それが聖女マリー・ヤヌットの果たすべき役目だった。


 圧倒的な実力を持つわけでない。


 特別な力を持たないどこにでもいる少女。


 そんな聖女の存在は、それだけで人々の士気を高めた。


 存在するだけで人々は、希望を、奇跡を信じることが出来た。


「ねえ、知ってる? 冗談は嫌いよ、私」


 その全てを乗り越える為に力を、己の身を捧げた聖女マリー・ヤヌット。


 名や姿形は変わっていても、少女はなにも変わらなかった。


 聖女マリーは人々の希望であり続ける為、その姿や名を変えても再び帝国の危機に立ち上がる。


「聖女である帝国を救う清らかな乙女。その名を知らない国民なんて存在しないんじゃないの?」


 聖女の加護に守られている帝国は無敵だと人々に希望を与える為だけに、聖女は何度だって戦場に立つ。


 それが聖女の役目だった。


「しかも、今は、裏切り聖女の汚名を背負ってるじゃない。それでも聖女様が転生したら一部の信徒は喜ぶだろうねえ? 帝国を裏切った聖女をこの手で殺せるって喜ぶだろうね!」


 裏切り聖女は帝国の害になる。


 それは誰もが知っている話だった。


 マリーがなにをしたのかを知る者は少なく、ただ国教である始祖信仰の教祖たちが訴える言葉を信じているだけだ。


「私は聖女様の代わりに殺されるつもりはないわよ。それが帝国の為だって言われても私は誰かの為の犠牲にはならないわ。だって、そんなの私にも私を愛してくれているパパとママにも、兄さんにも、ライラたちにも失礼な話じゃないの」


 それを背負う為に生まれて来たと言われ、誰が信じるだろうか。


 拒否するのが当然だろう。そんな重荷は背負えないと断るのは当たり前のことだろう。


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