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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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13.戻ることが許されないのならば、立ち向かうしかない

 始業式ということもあり、今日は午前中だけで解散となった。


 高等部へ進級したということもあり、中等部の頃とは違う部活を希望する者や将来のことを考えた結果、部活をしないという選択をする者も少なくはない。


 その為、この時期の一年生は部活に追われる必要はないのだ。


 各々、遊びに出かけたり、寮に戻ったりと自由行動をすることができる。


 校則の範囲内という制限があっても比較的自由なのだ。


「あら、ガーナちゃん? 遊びに行くのではありませんの?」


 そんな中、早々に荷物を纏め、ガーナは歩き出していた。


「ん?」


 呼び止められて振り返る。


 優雅に微笑みながらも不思議そうに首を傾げるライラの表情は、なぜか作られたような笑顔だと感じながらも笑みを零した。


「ふふっ、ごめんね! みんなと遊びに行きたいところだけど、ちょーっと急用が出来ちゃったのよ!」


 それを指摘するほどに冷めた付き合いではない。


 笑顔を向けられたのならば笑顔で返す。


 それがガーナのこだわりだった。


「今から話をしておかなきゃ色々と面倒な気がするのよね。私の勘だけどね! でも、ほら、女の勘って大切じゃない?」


 視線だけを動かして確認する。


 話をしなければいけない相手は、既に荷物を纏め、今にも外に出ていきそうである。ガーナを待つつもりはないのだろう。


「まあ、それは残念ですわ」


「うふふ。ごめんね」


「いいえ、大丈夫ですわ。また、今度遊びましょうね。ガーナちゃん、差し支えなければお相手の方がどなたかを教えてほしいですわ」


 鞄を両手で抱きしめるように持ち、ライラは全身で残念を表現するようにしながら言う。


「シャーロットよ!」


「まあ、そうですのね。それは待たせてはいけませんわね」


 それを見て、ガーナは笑顔を浮かべて頷いた。


 ……ほんと、賢いよねぇ!


 心の中でライラを絶賛する。


 ライラにとって、シャーロットはあまりよくはない印象だろうということは、ガーナも気付いてはいた。


 大げさなまでに残念だと言いたげな表情を浮かべてはいたものの、それは本心では無いのだろう。


「ライラも来るかい!?」


「いえ、遠慮しておきます。……あの、ガーナちゃん。少しだけお時間をよろしいでしょうか?」


「やだ。どうしたの、ライラ。そんな真剣な顔をしちゃって」


「真剣なお話なのですわ」


 ライラは、ガーナに顔を近づける。


 さきほどまでの大げさな表情はしていない。真剣そのものだった。


「あの人には気を付けてくださいね。嫌な気を纏っていますの」


 いつもよりも少しだけ小さな声でそう言った。


 ちらりと視線をシャーロットのいる場所に向けている。


 ……うわぁ、デレデレして気持ち悪いー。


 ライラの視線に釣られたかのように、ガーナもシャーロットの様子をよく見てみれば、先ほどとは違いリンと話をしている姿がある。


 荷物を纏めている際に声をかけられたのだろうか。


「なあに。リンったら、私たちといるよりも楽しそうじゃないの」


 なにやら盛り上がっている様子の二人は、他の人からの視線には気づいていないようである。


「あんな顔して笑うのね。知らなかったわ」


「……彼は笑顔の似合う方ですから」


「そう? まあ、確かにね。いつも大げさに振る舞っているわね」


 時々、照れたようにリンが大声をあげており、それに対してシャーロットが面白そうに笑い声をあげている。


 十年ぶりに再会したのが嘘ではないかと思わせるほどに、二人は打ち解けているようにも見えた。


 嬉しそうなリンの表情を見たのは初めてだった。


 いつも楽しそうにはしているものの、子どものように騒いでいるリンの姿に違和感すら覚えてしまう。


「妬けるわねぇ。ライラ」


「そのようなことはありませんわ」


「いいのよ。ライラ。私だけはライラの気持ちを知っているから」


 ……だって、ライラはリンのことが好きなんだもんね。


 見たことのないほどに楽しそうに過ごしているリンの姿を見てしまえば、思うことはあるだろう。


 ……私だって。


 心が痛む。


 その痛みの正体を探るような真似はしない。


「それより、どんな感じがするの? 嫌な感じってなんとなくしかわからないのよね」


 だからこそ、ライラの言い回しに意味を感じた。


 不安げにか細く呟くライラは、眼を伏せている。


 以前、シャーロットから忠告を貰ったときと同じだ。


 今後を左右してしまうのではないかと、錯覚するほどに重みを感じる。


「このようなことを胸に秘めてしまうのはいけないことだとわかっておりますのよ。それでもこれだけは黙っていられませんの。ガーナちゃん、どうか、私を嫌わないでくださいませ」


「大丈夫よ。私がライラのことを嫌うなんてありえないわ」


「ありがとうございます。ガーナちゃん」


 ライラは安心したかのように息を吐いた。


 その姿すらも美しいものだった。


「精霊様が教えてくださりましたの」


 その言葉に胸が締め付けられるような錯覚に陥った。


「あの方は、呪われておりますわ。この世界を狂わせてしまいます」


 ライラは精霊や妖精といった異種族との意思疎通ができる。


 それは現代では珍しいものである。


「近い将来、それは起きてしまいますわ。そして、それは、ガーナちゃんも巻き込んでしまいますわ。私はそれが恐ろしくてしかたがありませんの」


 アクアライン王国の王族であるミュースティ家にだけ許されている特権というべきかもしれない。


 ライラの眼には異種族である妖精や精霊の姿が見えているのだろう。


「あの方に近寄ってはなりませんわ」


 だからこそ、はっきりとした言葉で言い切った。


 ライラにはシャーロットは危険な存在のように見えているのかもしれない。


「精霊さんのお言葉ねぇ。きっと、それが正解なんだと私も思うよ? 清らかな存在が嘘を付く筈ないもんね。伝説通りなら危険なものを教えてくれるんだと思うわよ?」


 ガーナは一度も精霊を見たことがない。


 それでも、その存在を疑ったこともない。


「ライラはそれを私に教えてくれたのは、私の為だよね」


 親友の言葉は疑わない。


 なにがあっても、信じ続けるのがガーナの友情だった。


「はい。ですから、行ってはなりませんわ」


「それはできないわよ、約束をしたの」


「いいえ、ここで引き返しましょう。ガーナちゃんが危険な目に遭う必要はありません。今ならば、まだ間に合いますわ」


 ライラの必死な言葉に頷くことさえも、ガーナはできなかった。


 ……きっと、ライラの言葉は正しいわ。


 シャーロットと関わりを持てば、ガーナは今までの生活ができない。


 聖女の転生者として持ち上げられるかもしれない。


 役に立たない転生者など必要がないと切り捨てられるかもしれない。


「ありがとね。そんなに思ってくれる親友を持つ私は誰よりも幸せ者よ」


 それをわかっているからこそ、ガーナは逃げ道を探さない。


「でもね、私は行かなきゃいけないの」


 逃げ出すわけにはいかなかった。


 ここで引き返してしまうわけにはいかなかった。


「大好きな親友の助言でも忠告であってもね。こればかりは聞けないの」


 哀しげに眼を伏せるライラを抱きしめる。


 そして、ガーナは笑みを浮かべた。


「シャーロットを救いたいの」


 不安がる親友を宥めようと、何一つ変わってはいないと言うかのように、優しく笑った。


「バカだなぁって笑ってくれてもいいわよ? 彼女と初めて会ったんだもの。なにも接点はないわ。知ってるでしょ? 私はどこにでもいる平民よ」


 今ならば間に合うだろう。


 ライラの言葉通り、なにもかも元に戻るだろう。


「でもね、私はシャーロットたちを救ってあげたいの。彼女の話を聞きに行くのは私の我儘を叶える為なのよ」


 それを選択しても誰もガーナを責めることはないだろう。


 世界中で異変が起きたとしても気付くこともないまま、生きることができるだろう。


「それは私にしかできないことなら、私はそれから逃げることはできないよ。だって、シャーロットを見捨てるようなことなんてできないもん」


 それが聖女の転生者としての役割だろうか。


「だから、大丈夫。ライラが不安になるようなことなんてなにも起きないわ」


「ガーナちゃん……」


「ふふっ、大丈夫よ。あっ、心配してくれたのは嬉しいよ! ありがとうね。ライラのその言葉だけで私は勇気を貰えたわ」


 ガーナは自分自身が聖女の生まれ変わりだとは信じていない。


 なにより、そのような存在にはなりたくはないとすら思っている。


「いえ、私はなにもしていませんわ。なにもできませんわ」


「違うわよ、ライラ。だって、ライラはなにがあっても私の親友でいてくれる。それを再確認できたのだもの!」


 そういうと、ガーナは荷物を持ってシャーロットがいる場所へと向かう。


 ガーナが向かっていることに気づいたのか、シャーロットも話を切り上げた。


 約束はしていなくとも、その場の空気で察していたのだろうか。


 そして、目線を僅かにライラにも向けて背を向ける。


 あまりにも対照的な二人を見比べ、身体を震わせた。


「ガーナちゃん!」


 思わず、不安げにガーナの名を呼ぶライラに、ガーナは振り返った。


 そして、いつもと変わらない笑顔を浮かべる。


「また明日ね。ライラ」


「え、ええ。……また明日、会いましょう。ガーナちゃん」


 どうか、ご無事で。


 祈るようなライラの言葉に、ガーナは大きく頷いた。


 向かう先はシャーロットの自室だ。


 それは罠かもしれない。


 それでも、ガーナは引き下がるわけにはいかなかった。


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