12-3.狂った歯車は止まらない
「品のない子どもは嫌いだ」
そう言いながらもガーナに品格を求めてはいないのだろう。
「失礼ね! 私は誰にだってパンツの色を聞いているわけじゃないわよ!」
「そういう話ではない」
「それなら、そういう話をしたらいいじゃないの」
ガーナは遠慮なく自身のスカートを持ち上げる。
「私もね。田舎者だとバカにされないようにお洒落なパンツをはいているのよ。アンタ、おばあちゃんが履いているようなパンツを好みそうじゃない? 」
下着が見えない位置で止めているものの、それさえもはしたないと言いたそうな顔をするシャーロットに対して、ガーナは聞かれてもいないことを話し始める。
「どうなの? おばあちゃんのパンツを履いてるの?」
「下着の話から離れろ」
「いいじゃないの! 無意味に空間を切断だかよくわからない技術を見せつけられても興味ないのよね。そういうのを見せたかったら、レイン君を相手にしたらどう? 喜びそうじゃない。アンタの双子の弟だか兄だか知らないけど」
ガーナの言葉にシャーロットも嫌気を差したのだろうか。
大きなため息を零していた。
……これって、初めてシャーロットを言い負かしたんじゃないの?
正しくは呆れられたというべきだろう。
それでも、間違いなく、ガーナが初めてシャーロットの言葉を詰まらせた瞬間だった。
「ねえねえ、決闘でもするぅ? アンタのお得意なことでしょ? 私はパンツの色を当てるゲームで決闘してもいいんだけどね! こう見えても、そういうゲームでは百戦錬磨なのよ! 」
余裕を感じている訳ではない。
言葉にするだけで限界だ。
……ふふ、ここで言い逃げもありなのに。
「でも、それだと現役軍人が大恥を掻いて可哀想だから別のゲームで決闘をしてあげてもいいわ! 武器も魔法もなしのゲームに限るけどね!」
挑発をする意味はないことはわかっていた。
それなのに言葉を止めることができない。
休み時間のやりとりが気に障ったのであろうか。
否、あれは兄妹の言い争いに過ぎないことはわかっている。
「私が負けることはありえないけどね! だって、ゲームとかしなさそうだもの!」
それでも、止まることができなかった。
「出会ったばかりの人間に対する礼儀はないのか」
シャーロットは立ち上がっているだけ無駄と判断をしたのだろう。
椅子に座り直し、ゆっくりと足を組む。
「目上の人間には礼儀正しく振る舞うべきだと思うが」
シャーロットの言葉に対し、ガーナは真顔になった。
それから心から理解ができない言葉を言われたと言わんばかりの表情を作り、腕を組んだ。
「やだ。シャーロットを相手にしているのに、礼儀なんて必要あるの?」
昔から知っている人を相手にするように振る舞う。
「私にはわからないわね」
困ってもいないのにもかかわらず、困っているかのように言葉を吐く。
「アンタの顔、お面を張り付けているみたいで気味が悪いわ」
吐き捨てられた暴言に対し、シャーロットは動じない。
「そうかもしれないな」
曖昧な言葉を使うシャーロットに対して怒りすら覚える。
それでも強引な真似をしないのはガーナなりに色々と考えた結果である。
……興味がないのかしら。
シャーロットにより意図的に意識を奪われた同級生やリーリアへの影響を極力抑えたいと考えるのは、この場ではガーナだけだろう。
……とりあえず、興味を私に向けないと。
シャーロットはなにも考えていない。
そのようなことに興味すらないのだろう。
「怒りたいなら怒ればいいじゃないの」
魔法よりも強力な力を持つ魔術は影響力が強い。
それを解除させる為にガーナはシャーロットの言葉に正しく答えるべきだとわかっていた。
「私だったら顔を侮辱されたら怒って暴れるわよ」
頭では理解をしているのにもかかわらず、止められない。
不思議と文句ばかりが出てくる。
「少しは感情的に振る舞っても誰も文句なんか言わないわよ」
面識があるのは一回だけだ。
それさえも、不思議と追いかけなければいけないという直感に任せて話しかけたものだ。
それ以前の面識は無い筈だった。
それなのに、感情を隠していると決めつけてしまう。
「偽って、嘘を吐いたって、なにも進まないわよ」
言動だけではない。
その口調すらも全て偽られているような気がして仕方がない。
……あ、レイン君は気付いているかも。
血の繋がりだけが家族の証ではない。
血の繋がりだけに拘るような生き方はしていない。
……きっと。シャーロットの嘘を止めさせられるのはレイン君だけだから。
全てを偽り、嘘で固めている彼女のなにがいけないのか。
なにに対して怒りを覚えるのか。
それはわからなかった。
なぜ、これほどに退くことができないのかもわからない。
わからないことばかりが増えていく。
「ガーナ・ヴァーケル」
名を呼ばれるだけで背筋に寒気が走る。
「貴様は下手な行動をすれば他人に影響を与えることを恐れているのだろう。その慎重な性格は評価しよう。実に聖女らしい思考だ」
「はあ? 急に褒められたって嬉しくなんかないんだからね! 見てよ、この鳥肌!」
腕を捲って見せてみてもシャーロットは笑いもしない。
実際、ガーナの腕には鳥肌が立っている。
褒められて寒気がしたのだろうか。それとも、嫌な予感がしたのか。
「そうか。まるで別人のようだな」
「私は聖女様の生まれ変わりじゃないんだから当たり前よ!」
「そう思いたいこともあるだろうな。彼女は不名誉なことがある。聖女の名を継ぎたくなくなる理由もわからなくはない」
シャーロットは理解者のように振る舞う。
その言葉が嘘に塗れていることをガーナは知っていた。
それでも、その言葉を拒否することができない。
「予言について良いことを教えてやろう。聖女には必要なことだ」
「……私は聖女じゃないわ」
「そうか。今は聖女ではなくとも、予言は気になるのだろう?」
それに対してガーナはなにも言わなかった。
……別に望んではないけど。
知らなければ知らない方がいい話だろう。
しかし、興味がないわけではない。
「私の部屋で待っている」
「行くとは言ってないわ」
「ガーナ・ヴァーケルは来るさ。来なければならないのだから」
シャーロットの言葉を否定しようと、ガーナは口を開いたが、声が出ない。
心の奥底から否定する言葉を吐きだそうとしているのにもかかわらず、その言葉さえも頭が認識することができない。




