12-2.狂った歯車は止まらない
「ヴァ、ヴァーケル、さん。そ、そこまで、に」
リーリアの制止の声は届かない。
生徒を導く役目を任されているとは思えないほどにか細い声では、感情的になっているガーナを止めることは出来ない。
「おチビちゃんのシャーロットには負けないわよ。悔しかったら百七十センチ近くある私に届くくらいに大きくなってみなさいよ!」
露骨なまでに挑発をするガーナは周りの様子に気付いていないのだろう。
「私の言葉に間違いはないわ! だって、私は人の様子を見ることに長けているもの!」
これほどに信用がない言葉ないだろう。
真横で溢れている魔力に当てられているというのに気付いていないレインは興味が削がれたかのように窓の外を眺めており、その前の席に座っているイザトは関与するつもりはないと言いたげに読書をしている。
それ以外の生徒は気絶をしているか、顔色を悪くして震えているかのどちらかである。
周りの様子に目を向けられていない。
それを証明するような言葉を聞き、シャーロットは笑った。
「精神年齢が実年齢に追いついてから物を言え」
シャーロットも引く気はないのだろう。
気分を悪そうにしているリンに視線を向けたものの、シャーロットは魔力を収めようとはしない。
意図的に魔力を漏らしているのだろう。
対応できるような人材がいるのか、確認をしているようにも見える。
「はあ? 喧嘩なら受けて立つわよ!」
「再起不能に追い込むまで叩き潰してもいいのなら、相手をしてやろう。――あぁ、いい加減に鬱陶しいな。少しの間、眠っておけ」
シャーロットの腕がリンの頭に触れた。
その途端に辛うじて意識を保っていたリンの頭が机へと叩き付けられる。叩き付けられたリンは痛みを訴えることもなく、動かなくなる。
「なにやってるのよ!」
その現象はガーナの周りでも起きていた。
「え?」
皆、机に伏せてしまっている。
「ちょっと、どうしたの!?」
先ほどまで窓の外を見ていたレインも眼を閉じ、机に伏せてしまっており、その前に座っているイザトの動きは止まっている。
「どうしたのよ!」
辺りを見渡してみればライラもリカも伏せてしまっている。
他の生徒もぐったりとしており、普通ではない様子が見てわかる。
リーリアにいたっては教卓に両手をついたままの姿勢で固まっている。
「なによ。これ。シャーロットがやったの!?」
似たような光景を知っている。
今朝、教室で起きた現象と同じように思えた。
「視線が鬱陶しかったからな」
「どういうこと?」
「理解をしていないのか。イザトには最低限の入れ知恵はしておくようにと伝えてあったのだが、従わなかったのか。どうしようもない奴だな」
シャーロットは呆れたようにため息を零した。
「イザトの知り合いなの? 入れ知恵って? アンタ、この状況を理解しているとでもいうわけ?」
なにもかも理解できない。
今朝のようにガーナの心を落ち着かせようとしてくれたイザトも動きが止まっている。
「それとも、全部、シャーロットのせいなの?」
それはイザトも関与できない力が働いているということなのだろうか。
それならば疑わしいのはシャーロットだけだった。
「空間を切り離したようなものだ。それが使えるようになってこそ、一人前の魔術師と言ったものだよ」
シャーロットにとっては扱えて当然の術なのだろう。
「それなのに誰一人として対抗策を知らないとは」
現代の魔法使いや魔女たちを憐れむような声をあげた。
それは同情しているわけではない。
「魔術? なによ、それ、魔法と違うの?」
……古の技術とかそういう感じのもの?
簡単なことを説明しているかのように話をしているものの、ガーナには上手く想像することができない。
「魔法は魔術を簡略化したものだ」
「そんなの聞いたことがないわ」
「下手な冗談だな。それさえも学ばないのならば、何のための学び舎か」
実際、それを体験しても夢を見ているような居心地なのだ。
今朝とは違い、机に伏している同級生の姿が眠っているように見えるのも関係しているのかもしれない。
……だからって、こんなこと許されないわよ。
役割を決める為の場を荒らしたことに対する自覚はある。それはリーリアに怒られるようなことだと自覚はしているものの、それを改めるつもりはない。
「ガーナ・ヴァーケル。貴様はこのような空間に遭遇をしたことがあるだろう」
「今朝、似たようなことになったばかりよ」
「そうだろうな」
「だから、なによ? それをアンタがしたっていうの?」
強気な態度を緩めるつもりはない。
「いや。私はなにもしていない」
「あー、そう。そうなの。でも、どうでもいいわ。それより、なんとかしなさいよ。みんなの動きが止まっちゃっているじゃないの」
ガーナは心底どうでもいいことなのだと言いたげな表情を作ってみたものの、シャーロットはそれに気づいていないのだろう。
「このままでも良いとは思わないのか」
「思うわけがないでしょ」
シャーロットの問いに対し、すぐに返事をする。
問われた言葉の意味を考える必要もなければ、裏があるのではないかと疑う必要もない。
「他人の動きに干渉するなんて最低よ。神様にでもなったつもり?」
ガーナはその質問の答えを知っていた。
聞かれたことはない。
それなのに知っていた。
「そうか。貴様はそう思うのか」
「なによ。当たり前のことでしょ? みんなが止まっていて喜ぶ人なんていないわよ」
ガーナは質問の意図を理解していない。
それはシャーロットにも伝わったのだろう。
「殺したくはないと思わないか?」
だからこそ、シャーロットは問いかける。
「誰が殺しなんかするのよ、バカじゃないの? そもそも、そんなことをしないわ。私はこれでも優秀な魔女候補生なのよ。それに犯罪とは無縁の清楚な美少女なの。そんな私に対してする質問じゃないわね! もっと、こう、あれよ! 聞くならパンツの色とか聞いてみなさいよ!」
胸をはってみたものの、シャーロットの表情は変わらない。
一方的な問いかけはするものの、ガーナの冗談を返すつもりはないのだろう。
「はぁ」
シャーロットはため息を零した。
相手にするのさえも時間の無駄だと言わんばかりの視線を向けてくるが、ガーナはその視線にさえも気づかない。




