12-1.狂った歯車は止まらない
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黒板には役割分担と書かれた文字とその隣にはいくつかの役職の名前が書かれている。
先ほどまでのシャーロットとレインのやり取りを思い出すと、急に学生に引き戻されたような違和感を抱くのはガーナだけではないだろう。
淡々と役割の説明をしていくリーリアには違和感だらけの教室の雰囲気が伝わっていないのだろうか。
それとも違和感を抱いているのはガーナだけなのだろうか。
ガーナは頬杖を付いたままぼんやりとしているレインに視線を向けてみるものの、なにも反応はない。
……シャーロットに言われたことでも考えているのかしらねぇ。
それは一方的な会話だった。
レインの気持ちを分かっているとでも言いたげな表情と言葉を並べながらも、シャーロットは話を聞くつもりなどなかったのだろう。
幸せを願っているなどと簡単に言ってはいたものの、心の中ではなにを考えているのだろうか。
……ただ幸せになればそれでいい、なんて、兄妹に言うこと?
それは転生を繰り返している始祖だからこその言い方なのだろうか。
それならば兄妹でありたいと願うレインの言葉を迷いなく否定しているだろう。
中途半端な応援などレインにとってはなによりも辛い言葉だろう。
それがわからない人だとは思えなかった。
ガーナにはシャーロットは嘘をついているようには思えなかった。
……本気で言っているなら最悪ね、シャーロット。
あの場でその言葉を言えば変わっただろうか。
レインはそのようなことはないと否定するのだろうか、その通りだと肯定するのだろうか。
想像はしてみたものの、どちらの表情も思い描けない。
「――では、レイン・ネオ・フリークス君。委員長をしてくれますか?」
ガーナが考えごとをしている間にもリーリアの話は進んでいたらしい。
黒板に視線を戻せば主要な役割の大半は埋まっていた。
貴族出身の生徒が多いからだろうか、目立つような役職の多くは人気なのだろう。
リーリアの声で覚醒したかのようにレインは、眼を見開いていた。
……まさか、聞いていなかったとはねぇ、意外というかなんというか。実は真面目というよりは天然ちゃんなのかもねえ。ライラと話があったりして。
生真面目で偉そうな貴族。自分勝手で理不尽な貴族。
そんな印象はどこへ行ったのだろうか。
ガーナは冷静に戸惑っているレインを見つめる。
助けを出す機会はとっくに失ってしまっている。
助けを出せば、レインの印象は悪くなってしまうだろう。
「わかりました。引き受けましょう」
けれども、状況を理解するのは早かった。
すぐに目を細めて肯定の返事をする。
それに安心したようにリーリアは微笑み、頷いた。
……適応力は凄いねぇ。
純粋に感心していた。
休み時間の終わりの方で押されていた彼であるのだが、シャーロットがいうように当主に向いていないわけではないのだろう。
公爵家の当主という役割を任せられてもレインはその責務を果たせるだろう。
それは所詮、貴族と一切の関わりを持たない民衆の意見に過ぎないのかもしない。
貴族に対して良い印象を抱いていないからこそ、彼らの責務を軽く見ているだけだと指摘されてしまえばそれまでだろう。
……シャーロットの言う通りだとは思えないのよね。レイン君だって凄い子だと思うわよ。だって、すぐに状況を判断したじゃない。
皇族や貴族さえ裕福ならば、それ以外の存在は貧しくても興味がない。
民には贅沢は不要であり、それらは全て貴族階級以上の人々が得る為だけのものである。
帝国に根付いている貴族たちの多くはそういう思想の持ち主だった。
千年も昔から続いているその思想は形を変えても残っている。
「では、副委員長の候補者を。誰か、推薦もしくは立候補はありますか?」
「ハイハイッ!! シャーロット・シャルル・フリークスを推薦しまーす!!」
考えながらも手を上げて、当てられる前に叫ぶ。
注目を浴びることは好きだ。
しかし、副委員長という大役を背負う自信はない。
そもそも、自由のなさそうな堅苦しい役職は大の苦手である。
「それに、ちゃんと理由もありますよー! 軍事職なら、他人をまとめ上げるのには向いていると思いますしねぇ! みーんな、バカみたいにシャーロットのことを始祖様だって持ち上げていますし? それを利用するのはとっても効率が良いと思いまーす!」
腹いせではない。
八つ当たりでもない。純粋に向いていると思ったのだ。
始祖であり軍事職に就く人間ならば、纏めることはできるであろう。その才能がなければ、就くことはできないはずである。
シャーロットと同じ、始祖である兄を思いながらそう考えていた。
始祖というのは常に人々の羨望を集めている。彼らが戦場に出れば士気が上がるのもその為だろう。
ガーナは本気でそのようなことを思っていた。
「は?」
低い声が教室に響く。
それほどに大きな声ではないというのにもかかわらず、離れているガーナの席までその声が聞こえたのは教室中が静まり返っていたからだろう。
「他人に押し付けるくらいならば、貴様がなればいいであろうが」
「ふふふっ。私の直感からして向いていると思うんだよね!」
「くだらない」
「私の直感は当たるのよ! 今までの私の功績を知らないお前には! 信じられないかもしれないけどね!? ガーナ様の名を知らぬ同級生などこの学園には居ないのだよ!」
問題児として有名なだけであり、人望はあまりないのだが、それは言わない方が良いだろう。
ガーナにだって、都合のいいところだけを並べて言葉にしたいときもある。
「言い争いは――」
止めようとするリーリアであったのだが、既に遅かった。
言い争う二人は、既に周りが見えていない。
「凡人が戯言だな」
「凡人ですって? この私が? ふふふっ!! 良いじゃない! そこまで言うのならばぁ、私の実力を見せてやるわぁ! 覚悟なさい! このバカ女! 光栄に思いなさいよねぇ! この素晴らしい私の才能が見られるのだからね!!」
打ち合わせでもしていたのではないだろうか。
そう思わせるくらいに息のあったタイミングで両者共に立ち上がり、睨み合う。
「雑魚ならではの根拠のない妄想だな。現実を見せてやろうか」
「当然よぉ! そうこなくちゃっね! というか、雑魚って何よ!? このガーナ様にかかれば、シャーロットなんて一撃必殺なんだからね!」
昔から知っているかのように互いに暴言を吐きながら、笑みを浮かべる。
始祖であるシャーロットと始祖を兄に持つガーナ。
二人の持つ魔力は恐ろしいまでに桁違いだ。
感情の高ぶりが原因であろう。
漏れた魔力で倒れる人が現れ始めた。
窓硝子は悲鳴をあげるかのように揺れ始め、教室中に置いてある魔力を感知する道具たちが小刻みに動き始める。
その異常な様子を目にしてリーリアは今にも倒れてしまいそうだった。




