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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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11-7.穏やかな時間は訪れない

 ……でも、それでは、ダメなんです。


 そんな世界は、人間の生きる世界とは言わないのかもしれない。


 綺麗事だけで構成されているような世界であっても、犠牲となる人は存在する。


 それすらも、帝国を維持していく為には仕方がないことなのだと、シャーロットは言うのだろう。


「そうすれば、楽になれるであろう。なにも悩む必要はない世界は素晴らしいと思わないか?」


 ……いいえ。また同じことを繰り返してしまうだけです。


 それを否定する人は帝国の中には少ないだろう。


 レインには、その世界が美しくて心地が良いものには思えなかった。


「国教として始祖信仰を掲げている帝国ではそれが全てだ。疑う必要はない」


 ……どこかで止めなくてはいけないのに。


 レインには特別な才能はない。


 シャーロットのように人知を超える力も才能もない。


「お前の背負うべき罪はない。罪は始祖が持っていく。帝国の為に罪深き英雄たちは存在し続けるのだ」


 ……どうして、俺には力がないのでしょう。


 帝国を維持する為の犠牲の中には、レインの妹として生きる道を閉ざされたシャーロットも、フリークス公爵家の跡継ぎとして生きる道があった筈の兄も含まれている。


「それでいいではないか。お前があれこれ考える必要はないのだよ」


 それを知っているからこそ、レインは否定をする道を選んでしまうのだろう。


 家族として過ごす日々を夢見てしまった。


 希望と呼ぶのには残酷な夢を諦めることは出来なかった。


「最低ですよ。少なくとも始祖として名乗っているのならば、まともな言い方というものがあるでしょう」


 レインの言葉に対し、シャーロットは微笑んだ。


 その言葉を皮肉として受け止めることもなく、ただ、事実の一つとして聞き入れたのだろう。


「私たちのしていることが正義だとは思っていない」


 平然と言い切った。


「私たちは英雄としての義務を果たしているのに過ぎない。帝国を滅亡の危機を救う為だけに生き続けている。ただそれだけだ」


 まるでそれこそが真実であると言うかのように口走るシャーロットの姿に、レインは、違和感すら抱くことが出来なかった。


「それに対してどのように思うのかはお前の自由だよ」


 ……信じたくはないです。ですが、シャーロットの言葉が噓とも思えないのが困ったところですね。


 シャーロットは否定されることに慣れてしまっているのだろう。


 決められた台詞を口にしているかのような話し方にさえも違和感を抱く。


「私の犯した罪はこの身をもって清算する。フリークスの血を未来へとつなげてしまったのは私の罪だからな」


 諦めてしまっているのだろう。


 それを肯定するような人は身近にいなかったのだろう。


「それをお前たちには背負わせるわけにはいかないのだよ」


 だからこそ、レインはシャーロットの言葉を信じてしまいたかった。


「フリークス家が再生の象徴とされるのは皮肉でしかないが、全ては私が犯してしまった罪だ。可愛い坊やにはなにも背負わせないさ」


 心なしか目を伏せている気がした。


 悲しげに、懺悔するかのように、自らの言葉を噛みしめていた。


「私とお前は違う。私はお前たちの家族にはなることができない」


 レインに語り掛けているようにも聞こえるその言葉は、シャーロットが己に言い聞かせている言葉でもあるのだろう。


「化け物など放っておけばいい。そうすれば、なにも考えずに生きることができるだろう。無意味なことに心を痛めることもない」


 僅かに伏せられた目からは、なにを考えているのかを読み取ることはできない。


「そんなことはありません」


 はっきりと声がでた。


 しかし、それでも声が震えるのだ。


「無意味なことではありません」


 みっともない声だと笑う人もいるだろう。


「シャーロットのことを放っておいてもいいことはありません」


 恥ずかしいと指摘する人もいるだろう。


 それでも、レインは迷うわけにはいかなかった。


「見ないようにすることが全てではありません」


 その行為も発言も、この国に生きる者ならばしてはならないことだ。


 誰もが始祖を崇めている。


 始祖のした行為は民族の誇りだ。


 それを否定するような行為は誰も求めていない。


 ……シャーロットがいたからこそ、俺たちは生きているんです。


 始祖がいなければフリークス公爵家の血は絶えていたことだろう。


 その血が途絶えていればレインは生まれていなかった。


 ……お前が否定してしまったら、俺の妹はなんだったんだと言うのですか。


 神に愛された存在である始祖として生きる道を選んだシャーロットは、レインの妹として生きる道を捨てた。


「一人で何もかも背負うつもりですか?」


 この帝国を守る彼らは始祖そのものである。


「そんなことができるような人でもないのに」


 レインはそれを信じていた。


 本人が公言しているのも信じる理由であった。


「くだらない自尊心なんて捨ててしまえばいいのです。他の方法を探せばいいじゃないですか」


 信じなければ、失った片割れが報われない。


 それなのに、信じる理由は幾つも見つけていた。


「自尊心?」


 それなのにも関わらず、シャーロットは笑う。


「フリークス公爵家にはもっとも不要な言葉だ」


 初めて聞いた言葉だというかのように笑ってみせた。


「それは一族に誇りを持っている者だけが抱ける感情だろう。私のようなものには必要がない。なによりも先に捨てたよ」


 相変わらず、眼は伏せられたままではあったものの、口元は歪んでいる。


「そんなもので救われるのならば、私はこの場にはいないさ」


 ……相変わらず、不気味な人ですね。


 寒気すらする笑みなのにもかかわらず、美しく感じる。


 引き込まれないのは、彼女を妹として見ている自分がいるからだという悲しくも、否定できない事実のお蔭であることに気付き、レインは、眉を潜めた。


 ……足掻く行為こそが無駄だったのかもしれません。結局、こうして話をしてみれば彼女は妹であることには変わりはなかったのですから。


 レインは自身の拳を握りしめた。


 対峙しているシャーロットの様子は変わらない。


 自嘲するかのように浮かべた笑みが痛い痛しいものだと感じたのは、レインの気のせいだろうか。



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