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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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11-6.穏やかな時間は訪れない

「常識の範囲内で物事を考えることが全てではないだろう」


 そんなシャーロットに苛立ったかのようにレインは舌打ちをする。


 ……あぁ、まったく、なにもかも知っているとでも言うのですか。


 蠢く思いを押し殺しながらも、レインは必死に言葉を作る。


 嘘で繕い、それすら真実のように語るのは慣れた技法であった。


 気づいたら身に付いていた。


 しかし、それを身に付けていることにすら嫌悪感が走る。


 ……何気ない会話ですらも疑わなくてはいけないなんておかしいでしょう。


 どのように足掻いても逃げられないのだろう。


 現実を受け入れるしかないのだろう。


 ……聞きたいことは山のようにあるのに、時間が足りません。


 彼女が言いたいことが嫌というほどにわかってしまうというのにもかかわらず、自分の思いは伝わらない。


 それが、苦痛だと感じていた。


 ……どうして素直に聞くことができないのでしょう。


 真実を知りたかった。


 そして、叶うならば元の関係に戻りたいと思っていた。


 ……俺はこのような会話を望んでいたわけではないというのに。


 心が叫ぶ。訴える。


 その思いを押し殺す術も、声には出していけないということも知っている。


 知っているからこそ、取り繕った嘘を吐く。


「始祖も人と同じように死を迎えることができるとでも思っているのか?」


「生きている限りは誰もが死を迎えるものです」


「そうであれば、私はここにはいないだろう」


 シャーロットの手が再びレインの頬に当てられる。


「そのような存在であれば良かったと何度も思ったことがある」


 まるで死を乞うかのような眼をしていた。


 そのような眼で見られるとレインはなにも言えなかった。


「呪われた身でなければよかったと何度も思ってきたさ」


 言葉を発することが間違いのような気がしたのだろう。


「レインやリンのような存在に出会うたびに私はこの身を呪うのだよ」


 ……貴方の幸せを願うことは間違いだとでもいうかのようですね。


 触れられている手は温かい。


 それだけが救いのような気がした。


「千年近くの月日を生きていると些細なことは思い出せないのだ。こればかりは嘘ではないよ」


「大人しく語るだけではすまないのは貴女でしょう」


「それも正しい答えだ」


 シャーロットは優しく微笑む。


 意味のない語り合いを楽しんでいるかのようにも見えた。


「はたして、何度、この命を終えたことだろうか。何度目の生であったか、数えることにすら嫌気がするほどには死を迎えたものだ」


 それは同じ境遇の者でなければ想像することができない苦痛だろう。


「始祖は人と同じように死を迎えることはない」


「ありえません。蘇生術が不可能だと言われていると同じことです」


「千年前には蘇生術も適切な対応を施せば可能だった」


「そのような話は聞いたことがありません」


「事実は事実だ。変わりはしない」


 ……現代よりも昔の方が優れていたとでもいうのでしょうか。


 レインたちが習っている魔法は魔術の劣化版だということは知っている。


 劣化版だと知っているのは、昔から魔法や魔術に精通していた貴族の者だけだ。魔術のような高度技術がなくても同様の成果が得られるようにと改良されたものであるというのが一般的な認識だろう。


 ……倫理観はなさそうですが。


 蘇生術が不可能とされているのには理由がある。


 魔法により生死を左右することは理に反することであり、それは人の心を弄んでいる行為と変わらない。


 それを追求しようとすることは神に対する冒涜である。


 聖書にも書かれている言葉である。


「神は私たちから死を奪った。帝国を救う為、この身が燃え尽きるまで敵を狩り続ける。それが私に与えられた使命だ」


 本音が隠された笑みを見て寒気が走る。


 教室にいる誰もがシャーロットの言葉を聞いていることだろう。


「それを疑うような愚かな真似はしない。それこそ、裏切り者の聖女のような真似は許されない行為だからな」


 ……貴族の期待に応える程の余裕はないのですが。


 なにを期待して見ているのかはわかっている。


 わかっているからこそ、それに応えたいとは思うのだ。


「可哀想な坊や」


 シャーロットは心の底から同情をしているかのような声色で囁く。


「フリークス公爵家は絶えているはずだった。その理を歪めたのは私の罪だ」


 千年前、公爵家の血筋はシャーロットを除き、途絶えた。


 それは誰もが知っている事実だ。


「それは私だけが背負うべき罪だ」


 始祖でありながらも、シャーロットは母となった。


 その血は途絶えるはずだった公爵家を復活させてしまった。


「お前には関係がない話なのだよ」


 それは、シャーロットが自らの意思で背負った罪だ。


「わかってくれるだろう。坊や」


 それは十五歳の少女の言葉ではない。


「私が当主を務めていた頃からそうだった。悲しきことよ、フリークス公爵家は呪われている。本来ならばそれはあってはならないことだった。だからだろう、哀れで仕方ないのだよ」


 ……嘘だと否定してしまうべきなのでしょう。シャーロットは俺と双子として生まれて来たのです。


 始祖は魂を共有している。


 始祖は全てを引き継いでいる。


 ……中身はどうであったとしても、その身体は妹のものなのですから。


 そのように信じられているのには理由がある。


 実際、シャーロットのような存在が現れているのだ。


 彼女たちは帝国を護る為だけに生死を繰り返すのだろうか。


「シャーロット・シャルラハロート・フリークスが当主を務めていたのは、七百年も昔の話でしょう」


 千年近くの月日を得ても、全てを引き継ぐことにより始祖として君臨し続けているのならば、それは呪いといっても過言ではないだろう。


「三百年近くの間、当主であり続けたという伝説は知っています。ですが、それは物語のような話でしょう」


 それは、まるで物語のようだった。


 未来を決められた物語のようだった。


「証明はされていないのです」


 それ通りに歩み、進歩も望みも捨てた物語。


 その中で犠牲になったのは、仕方ないどころか、誇らしいことだと祭り上げる人々によって美化された物語だ。


「誰一人、それが事実であると証明できる人はいません。例え、シャーロットが真実であると語ったとしても、証拠は一つもないのですから」


 くだらない考えだとレインは切り捨てようとする。


 それでも、そうであれば、まだ救われる気さえしていた。


 美しく飾られただけの物語ならば、悲劇すら美化されてしまうだろう。


「お前は正しいよ、レイン。間違いは一つもない」


 シャーロットは、幼い子供に聞かせるように言った。


 その言葉は、甘く、縋ってしまいたくなる。


「だからこそ、私たちは生きていられるのだ」


 それだけを信じることが出来るのならば、世界は明るいものになるだろう。


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