11-5.穏やかな時間は訪れない
……性格が悪いのならば悪いままでいてほしいものです。最低ならば最低な人でいるべきです。嬉しそうな顔をされては諦めることもできないではないですか!
ここで諦めることができたのならば、レインの人生は大きく変わったことだろう。
十年の間、レインは片割れを取り戻すために翻弄した。
それが無駄なことだと知りつつも、その手を止めることはできなかった。
父親の書斎に忍び込み、始祖に関することは全て調べた。
フリークス公爵家に残されている歴史書を読み漁り、歴代当主の日記も読み漁った。その日記の所々に登場しているシャーロットと書かれた女性の名の数だって覚えてしまっている。
それほどに読み込んだのだ。
「それはシャーロットの運が悪かったからでしょう」
平然と言い返すレインの言葉を聞いて首を傾げるのは、ガーナだけだった。
「俺は今の貴女ことを化け物だと思うことは多々ありますが、貴女は、俺にとっては妹であることは変わりません」
理解できないとでも言いたげな表情をしている彼女に丁寧に解説をする人もいなければ、それは無知だと指摘するような人もいない。
「今の貴女は、化け物の真似をしているだけなのでしょう?」
シャーロットとレインの平行線な会話を聞いていれば混乱もしてくるだろう。
「貴女は俺の妹です」
あの日に浮かべていた表情と重なって見える。
十年前、共に幼少期を過ごしたシャーロットはいない。
一緒に笑い合っていた幼い子どもはいない。どこにもいない。
「シャーロットは、なにも変わってはいなかったのですね」
それを認めてしまえば、今までは気付かなかったことが見えてきた。
「それがお前の結論か?」
「はい。それが俺の出した答えです」
「残念だ。もう少しまともな答えが出ると期待していたのだが。坊や。考えることを放棄するのは早すぎるのではないか?」
「なんとでも言えばいいです。俺は気にしません。それに他人の評価を気にしないのがフリークス公爵家の人間でしょう? 貴女と一緒です」
……日記を読んでいたせいでしょうか。
歴代当主の日記を読み漁っていたのは偶然である。
手がかりを探そうと自棄になっていた時期があった。
その時の出来心によるものだった。
……シャーロットは変わっていないのです。なにも変わることがないのです。
日記の中には度々シャーロットの名前があがっていた。
歴代当主の仕事を邪魔する姿や、悪戯と称した魔術を仕掛けてくる姿、甘いものには眼がなくすぐに平らげてしまう子どものような姿などが事細やかに書かれていた。
どれもが幼い頃のシャーロットにも見られていた言動だった。
……大人びた言動は幼少期から見られていたと書かれているものもありました。それは、呪いによる影響だとも。
なぜ、彼女は呪われてしまったのだろうか。
その真相さえ摑むことができれば、現状を打破できるのではないかと様々な歴史書を漁ったことを思い出し、レインはため息を零した。
「そうだな。それでこそフリークス公爵家の人間だ」
ため息を零したことに触れることもなく、シャーロットはレインの言葉を肯定する。
簡単に態度を変えてしまったかのようにも見えるが、本心ではなにを企んでいるのだろうか。
「クラウスに聞いていたよりも成長をしているようで安心をした。フリークス公爵家の血を継いでいるのならばそうではなくてはならない。」
シャーロットは満足げに笑った。
その言葉こそが正解だとでも言うかのように言葉を続ける。
……クラウス?
耳にしたことのある名前だった。
しかし、身内や知人の名前ではない。
「他人の評価など気にせず、他人の思惑を出し抜き、常に走り抜けなければならない」
……どこで聞いた名前だったでしょうか。
レインのことをシャーロットに告げ口をしていたというのならば、フリークス公爵家と関わりを持つ人物であることは間違いないだろう。
「クラウスも心配をしていたのだよ。レイン。入隊をするまでの僅かな期間を共に過ごした者として思うことがあったのだろう」
「……クラウス・ローリッヒですか」
「それ以外にはいないだろう」
「ええ、それ以外には心当たりはありませんので。すぐに思い出すことができなかったことを悔やみますよ」
……あの人が心配なんてするはずがないでしょう。
シャーロットの言葉には嘘が含まれている。
それを見抜くことを前提としているのか、それとも、レインを試しているのだろうか。
一筋縄ではいかないのは積み重ねてきた経験の差だろうか。
「二度と聞くことのない名だと思っていました。まさか、ここで聞くことになるとは思いませんでしたよ」
クラウス・ローリッヒの名には嫌悪感すら抱く。
それはシャーロットの同僚である始祖の名だ。
他の始祖ならばレインは嫌悪感を抱くことはなかっただろう。
彼だけは許せなかった。
……そもそも死んだ人間がどのようにして心配をするというのですか。
十年前、シャーロットを公爵邸の外へと手引きした人間がいる。
レインとリンからシャーロットを奪ったようなものだ。
彼は家族を壊したといっても過言ではないだろう。
……あの人は昔から俺に関心などなかったというのに。
クラウスにも現世での名がある。
彼の現世での名はスカイ・アルフォード・フリークス。レインの十歳上の兄だった。
しかし、彼は公爵家の名を名乗ることを止め、家系図からもその名は消されている。
……今になって気に掛けられても気味が悪いだけです。あの人は俺のことを嫌っていましたし、俺もあの人のことは最後まで苦手でしたから。
兄であった頃のクラウスとの思い出はない。
彼の眼中にはレインの存在など映っていなかったのだろう。
「彼は命を落とされたのではなかったのですか? 十年前、公爵家には彼の死亡届が送り届けられたと聞いています。始祖として選ばれたのならばそのような手続きをしなくてはならないというわけではないのでしょう?」
「従者の一人が報告を間違えたのだろう」
「そのような間違いがあるはずがないでしょう。彼は腹部を刺され、死亡したと聞きました。ご丁寧にその証拠として遺留品も届けられたのですから」
「そのようなこともあったか? 些細なやり取りなど覚えてもいないのだが」
シャーロットの言葉に怒りを抱く。
始祖であるクラウスの死を伝達されたフリークス公爵家は社交界での信頼を損ねていた。
「しかし、腹を刺したからといって、簡単に死ぬような男ではないことはお前も知っているだろう?」
「始祖信仰を強化する為の言い伝えでしょう? 腹を刺されてしまえば、大半の者は死に至ります」
「試してみようか? 伝承が事実と同じなのか、証明できるかもしれないぞ」
「試さないでください。そのようなことをすれば、誰だって命を落とします」
全てを知っていると言いたげな目をする。
諭しているつもりなのだろうか。