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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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11-4.穏やかな時間は訪れない

 それとも、レインの言葉に呆れてしまっているからなのだろうか。


「フリークス公爵家の子息ならば現実逃避をするのは止めるべきだ」


「わかっています。それでも俺は貴女を否定し続けます」


 ……呆れられてもいいんです。


 現実逃避だということは他人に指摘を受けなくとも、レインが誰よりも自覚をしていた。


「貴女が始祖の名を騙っているのだと主張し続けます。貴女が言い当てた通り、俺は兄妹を取り戻す為に始祖の存在を否定しています」


 ……無駄だと否定されてもいいんです。


 これはレインの自己満足なのかもしれない。


 シャーロットの望みとは掛け離れたものだろう。


「それが正しいことだと主張し続けます」


 ……それでも、俺は家族に人殺しなんてさせたくないんですから。


 それでも、レインは止まることはできなかった。


 大切な妹を守りたいと思っているからこそ、フリークス公爵家に伝わっている始祖の真実を知っているからこそ彼はシャーロットの在り方を否定し続けるのだろう。


「それが無駄な行為だと言いたければ言えばいいのです。俺だけは兄妹を取り戻す為に足掻き続けます。その意味は俺だけが知っていればいいのですから」


「これは驚いた。無駄な行為だと自覚はあったのか」


「調べれば調べるほどに意味がない行為だとわかりましたので」


「それでも諦めないと? その執念深さは素晴らしいな。違う方面で生かすべき才能だ。そのような意味のないことに時間を費やすのは止めるべきだ。ただの人の身には時間が限られている。無駄なことはするべきではない」


 ……話が通じない人ですね。俺の言葉なんて彼女には届かないのでしょう。覚悟をしていたとはいえ、辛いものがあります。


 目の前にいるのはレインと血を分けた兄妹だ。


 見間違えるはずがない。


 フリークス公爵家の血を受け継いでいる者だけに現れる紅色の髪と眼がそれを主張している。


 少しだけ癖のある紅色の髪も雪のように白い肌もレインと同じだ。


 ……シャーロットはシャーロットなのでしょう。わかっています。あの子も目の前にいる彼女も同じ存在だということはわかっています。


 心の中で分かっているのにも関わらず、生きて動く彼女を見るとそれを否定したくなっていたのだろう。


 ……それでも、俺は否定をしなくてはなりません。彼女の行為を止める為には、その存在を否定しなくてはなりません。


 そう思い込もうとして、必死に笑みを作る。


「貴女だって貴女の人生を歩むべきではないのですか? 帝国は歴史にも名を残す偉大な大国です」


 レインの言葉に同調する者は少なくはないだろう。


 それは革新派と呼ばれる人々の主張と似ている。


 千年も昔から帝国を支えている始祖の在り方に疑問視を抱く少数派の人々もいるのだ。


「現代も始祖の名を騙ってまで信仰を集めなくても、帝国の地盤が揺らぐようなことはないでしょう」


 そのような少数派の主張をするのは、新興貴族と呼ばれている人々だ。


 ここ数十年の間に勢力を伸ばしつつある新興貴族、及び、彼らの思想そのものを否定するのは帝国の歴史と共に歩んできた貴族だ。


 レインは後者に属するフリークス公爵家の出身である。


 ……俺の考えは間違いだとわかっています。


 フリークス公爵家に生まれたことを誇りに思う心もある。


 だからこそ、新興貴族を否定しなくてはならない立場でありながらも、その思想に同意してしまい、それを始祖であるシャーロットに対して発言することは許されることではないと理解していた。


 理解していても止められなかった。


「貴女も俺と変わりません」


 始祖は人間の理から外れてしまっている。


 それは強力な呪詛によるものだと言い伝えられている。


 ライドローズ帝国を護り続ける為だけに生み出された呪詛により、始祖は何度でも転生を繰り返す。


「シャーロットも、人間でしょう?」


 それは人間と呼べるのだろうか。


 亜人や異種族とはなにが違うのだろうか。


 従来の人間とは大きく異なる魔力量、特殊体質、長すぎる寿命と転生を繰り返す度に引き継がれる記憶と自我。それは人間の枠を超えてしまっているのではないのだろうか。


「そうだな、ライドローズ民族の父と母の元に生まれてきたのだ。私も人の子だ。人の子として生を受けたことには間違いはない」


「それならば、人間らしく生きる権利があります。父上も母上もそれを望んでいることでしょう」


「いいや。父も母も、私が私の望むままに生きることを望まないだろう。父は英雄の親としての名誉を望み、母は予言が的中することを望むだろう」


 ……なにを言っているのですか?


 レインと見分けのつかない見た目をしているシャーロットだ。


 それなのにもかかわらず、目の前にいるのは他人だと感じてしまう。


 心が訴えてくる。


 ……父上は名誉を望むような人柄ではないですし、母上には予言の才はありません。嫌がらせとして言葉を選んでいるのならば、本当に性格が悪い人だということになりますが……。


 彼女は五歳の頃まで傍にいた片割れではない。


 得体の知れない別人である。


 その可能性が頭の中を過って離れない。


 ……考えを止めてはいけません。しっかりしなくてはいけません。


 シャーロットの言葉には裏があるはずだ。


 ……シャーロットの話はおかしいです。


 無意味な時間を過ごすことは良くないことだと考えている彼女が会話を長引かせているのには、何らかの事情が隠れているはずである。


「父は私を悪魔と呼んだ。母は私を稀代の悪女と呼んだ。父も母も私を恐れた。呪いを宿して産まれてきた私たちを化け物だと何度も呼んでいた」


 ……あの日と同じ顔をしています。


 十年前、シャーロットはそれまでの人格が引っくり返ってしまったかのように別人になってしまった。


 レインたちのことを他人だと宣言したのは彼女だった。


 関わり合いを否定したのは彼女だった。


「それでも私はなにも思わなかった。なにも感じなかった」


 その日のことを思い出す。


 それは大雨の日だった。


 フリークス公爵邸にある自室に籠り、泣いていることしか出来なかったレインの前に現れたシャーロットの眼には光がなかった。


「帝国の頂点に君臨することが約束されたあの方の望みを果たす為ならば、私は悪女と罵られても構わなかった」


 やるべきことを思い出したのだというかのように大人びた表情をしていた。


 それは五歳の子どもがする表情ではなかった。


 それがレインは恐ろしかった。


「それが私に与えられた役目なのだから、この身を賭して、果たすべきだろう」


 十年前の大雨の日が最後だった。


 シャーロットは別れの言葉を継げることもせず、レインの前から立ち去った。


 それはレインにとって納得のできる別れではなかった。


「私のことを同じ人間だと言ったのはお前が初めてだよ」


 始祖の再来は、喜ぶべきことだった。


 それは帝国が危機を乗り越えることができる吉兆の合図でもある。


 だからこそ、帝国に生まれた者として、喜ばなくてはならなかった。

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