11-2.穏やかな時間は訪れない
「そうか。私が始祖ではないというのならば、私は何者だ? 貴様の目の前にいる私は亡霊か? それとも貴様の願望を形にしたものか?」
シャーロットはレインの言葉を肯定することはない。
「面白いことを言うものだ。坊や」
しかし、それは間違いだと否定することもなく、面白い発言だと感心してみせた。
「その発想は素晴らしい」
それはレインの望んでいる反応ではないのだろう。
「面白い話を聞かせてもらったお礼だ。貴様の願望を言い当ててみせよう」
シャーロットの指が彼女の口元から離れる。
それは、ゆったりとした動作のまま、レインの頬へと触れる。
……変なの。
「自分の庇護下にあるべき妹を取り戻そうとしているのだろう。その為ならば始祖を否定しても構わないとすら考えている」
それは親が子どもを慈しんでいる姿のようにも見えるのは、なぜだろうか。
触れられたことに対して戸惑いを抱いているのだろう。
レインは驚いてはいるものの、優しく触れられているその手を払うことができない。
「フリークス公爵家の血を継ぐ者ならばその考えはあってはならないことだと知りながらも、兄妹を取り戻す為ならば、兄妹と共に過ごす為ならば手段は選ばない」
……前にも見たことがある気がするのは、どうして?
既視感というものだろうか。
ガーナは以前にも似たようなやり取りを見たことがある気がした。しかし、それがいつ見たものなのか思い出せない。
「そうだろう?」
レインの思惑を言い当てると言いながらも、シャーロットの眼は優しい。
それに気づくことができた人はガーナ以外にもいるのだろうか。
……まるで自分のことを言っているみたい。
レインの思惑は分かっていると言いたげな表情をするシャーロットとそれを言い当てられてしまい、なにも言えなくなったレイン。二人の表情は似ている。
……シャーロットもそうなのかな。
誰かのことを思い、一心不乱に行動をしたことがあるのだろうか。
誰かのことを思い、全てを投げ捨てる覚悟をしたことがあるのだろうか。
「それは辛かっただろう。全てを解決する術を探すのは孤独だっただろう」
レインの頬に左手も伸ばされる。
両頬に触れるシャーロットの眼は優しい。
優しいからこそレインは辛そうな表情をするのだろう。
「その方法がないと知ってしまった時には生きる気力すらも失ったことだろう」
レインの思い出の中にいる双子の妹はそのような表情をしない。
幼い子どもを慈しむような表情はしない。
「友を巻き込まない為に孤独を選んだというのならば、それは、優しさではなく傲慢なだけだ。思い上がりは醜いだけだ。お前には似合わない」
「そんなことはありません。俺はなにも諦めてはいませんから」
「それならば諦めろ。なにもかも諦めてしまえばいい」
「それはできません」
両頬に当てられているシャーロットの手を掴む。
「憐れんでいるのならば、それはそれで構いません。俺は俺のするべきことをします」
そして、中途半端な優しさならば必要ないというかのようにその手を自身から離した。
「お前は強い子になったな、坊や。だが、それはいけないことだ」
レインに触れていた手を自身の頰に当てる。
「父親に教わらなかったか? 母親に言い聞かされなかったか?」
何気ない仕草なのだろう。
「始祖を困らせるような話を持ち込んではいけないと、十年前に言い聞かされただろう?」
それすらもレインの眼には違和感としか映らないのだろう。
「それを守れないような坊やにはなにも守ることはできない」
右手は頬に当てられ、左手の中指で机を叩く。
……不満なんだね。シャーロット。
それはシャーロットも意識をしていない癖だろう。
「坊や。始祖を相手にしようと企むのならば場所を変えるのではなく、その愚かな思考を変えるべきだ」
レインも知らない癖かもしれないが、ガーナはそれに見覚えがあった。
「レイン。私は知っているよ」
いつだったかは思い出せないものの、その癖に気付く前は酷い目にあったのだ。
「お前は優しい子だということを知っている」
その癖は他人を傷つけることに対する罪悪感を抱いていないシャーロットにわずかに残っている人間らしい良心によるものなのかもしれない。
「そのような生き方は似合わない子だということ知っている」
……どうしても自分から離れてほしいんだよね。なんとなくわかるよ。レイン君って危なっかしいもん。
言葉は厳しいものばかりだ。
「お前はお前の人生を生きるんだ」
意図的に他人を傷つけるような言葉を選んでいるのではないかと疑ってしまうほどには、上から目線の言葉ばかりである。
「私に関わる必要はない。お前の幸せには私の存在は必要ないのだから」
それはシャーロットなりの優しさからくるものなのだろう。
「それでいいではないか。なにも私に拘る必要はないだろう」
……シャーロットはどうして自分に関わってほしくないのかな。
始祖として生きる彼女は、家族は必要ないのだろうか。
それならばガーナの兄であるイクシードも家族を必要としていないのだろうか。不意に頭を過った考えを追い出すかのように頭を振るう。
……違う。違う。兄さんはそんなことを言わないもん。
ガーナならば耐えることができないだろう。
イクシードに否定をされてしまっては泣き崩れてしまうだろう。
「俺がなにを考えていようと貴女には関係がないでしょう」
レインの身体からは威圧感と同時に魔力が漏れ始める。
本人は気付いていないのだろう。
「俺がなにをしても貴女には関係がないでしょう」
本来ならば見えないはずの魔力が見えるということは、膨大な魔力が勢いよく漏れていることを意味している。
「俺が選んだ生き方を否定することは許しません」
……魔力の暴走は始祖の血を引いている証拠なのに。
始祖のように魔力の底がないのではと疑ってしまうほどの膨大な魔力の持ち主ではなければ、そのような現象は引き起こされない。
「なにを笑っているんですか、シャーロット」
「はは、いや、おかしいことを言うものだと思ってな」
「意味がわかりません。俺は貴女を笑わせるような話をした覚えはありません」
シャーロットもガーナと同じことを考えていたのだろう。
面白いものを見たと言わんばかりにシャーロットは笑っている。
それに対してレインは不快だと吐き捨てた。
「意味がわからないままでいてくれよ。幼い坊や。だが、その血を引き継いでいることを誇りに思え。それは代々フリークス公爵家とジューリア公爵家が引き継いできた始祖の血が流れていることの証明でもある」
「先ほどからなんの話をしているのですか」
……え? どういうこと?
シャーロットの言い方が正しい表現ならば、イクシードはガーナに嘘を教えたことになる。
……兄妹だけが引き起こす現象だって兄さんは言っていたのに。
ガーナの先祖には始祖はいないはずだ。




