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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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10-2.リンとシャーロット

「覚えていないとしか答えられないな」


 シャーロットの答えはリンの予想とは異なっていた。


 ……覚えてない?


 勇気を振り絞って声をかけたのだ。


 それは幼馴染として共に過ごした日常を取り戻したいからではなかった。


 それは叶わないと知っていたからこそ、これから先、新しい関係を築くことができればいいと思っていた。


「なにを期待しているのか知らないが、私に対してそのようなことを求めるのは無駄な行為だ」


 かつての幼馴染として傍にいたい。


 関係性が変わったとしても共に笑い合いたい。


 ……俺のことだけを?


 レインのことを忘れているわけがないだろう。


 しかし、それを聞くことを躊躇ってしまった。


 言葉にしようとしても声にならない。


 ……まさか、レインのことも?


 レインのことも忘れてしまっていたらどうしたらいいのだろうか。


 そのようなことが起きれば、リンは立ち直ることができなくなってしまいそうだった。


 自己嫌悪で落ち込むだろう。


 忠告に従わなかったことを死ぬまで後悔し続けることだろう。


「あぁ、いかんな。歳を重ねていると一族の特徴でしか覚えられなくなる。社交界で言葉を交わしたのかもしれないが、個人名までは特定をしていない。期待をしていたのならば申し訳がないな」


 なにを勘違いしたのだろうか。


 シャーロットは面倒なことには巻き込まれたくはないと言いたげな表情を浮かべてみせた。


「私が少年のことを覚えていないからといってなにもそこまで落ち込む必要はない。たかが百年足らずしか生きられぬとはいえ、皆、等しく皇帝の民だ。帝国の民だ。それには変わりはない」


「……俺も他の連中と一緒ってか?」


「帝国の民は守るべき愛しい子どもたちだ。私たちにとっては大差はない」


「……本当に俺のことを覚えてねえのかよ。シャルル。俺はずっとあの日のことを悔やんでたってのに。当の本人が覚えてねえんじゃ話にならねえんだけど」


 個人との付き合いがないわけではないだろう。


 誰に対してもそのような扱いなのだろうか。


「始祖に対して不要な事柄を求めるのは間違っている。しかし、思い出せというのならば、その鍵となる必要なものを提示するべきだ」


 ……落ち込んでいることはわかるのかよ。


 淡々と話をするシャーロットは同い年には見えない。


 精神年齢はリンたちよりも遥か上だとしても、その身体は同い年の筈だ。


「始祖と会話をする上での対策として覚えておくといい」


 幼子を諭すかのような顔をしたシャーロットに対して不快感を覚えた。


「では、名を聞かせてもらおう」


 シャーロットの言葉がなによりもリンの心を傷つけた。


 ……名前も覚えてねえのかよ。


 幼い頃、一緒に過ごした記憶もないのだろうか。


 それならばそうだと言ってくれたら良かったのだ。


 少なくとも、始祖として目覚める前の記憶は持ち合わせていないのならば、リンは諦めることができただろう。


 ……はは、俺は覚えている必要もなかったってことかよ。


 思い出すのは幼い頃の日々だ。


 リンたちはいつも一緒だった。


 場所はその都度で違ったものの、いつだって一緒に遊んでいた。


 大人たちの思惑など気にすることもなく、笑い合っていた日々はリンの記憶の中には確かに存在する。


 それはリンにとっては大切な思い出だった。


 それを否定されることだけは許せなかった。


「聞こえなかったか? 名を聞こうと言っているのだ。少年の話を聞く限りではなんらかの形で接触をしたことがあったのだろう? それを思い出す為に協力をしてもらう」


 シャーロットは、鋭く、獲物を見定めるような眼をしている。


 軍人として生きてきたからだろうか。


 始祖として役目を果たし続けているからだろうか。


 他人を疑う眼を向けられているのはリンには耐えられなかった。


 なにより、その疑わしい対象として見られることが耐えられなかったのだろう。


 ……なんでだよ。なんで、疑うんだよ。十年前まで一緒にいたじゃんか。十年前のことすら覚えてねえのかよ。


 思い浮かんだ文句を噛み殺すように、リンは笑いかけた。


 震えてしまっている腕を押さえつけるようにしてリンは笑ってみせた。


 ……笑え。


 嫌味や妬みを言われることには幼少期から慣れていた。


 ……笑ってみせろ。


 それでも、シャーロットの言葉には上手く笑えない。


 ……そうすれば、こいつだって思い出すはずだから。


 必死に笑顔を見繕う。


 公爵家の人間として身に付けるしかなかった行為だった。


「リン・ネイディア・ジューリアだ。忘れたのかよ。酷い奴だな」


 それから、名乗る。


 まるで覚えていると思っていたからこそ、名乗らなかったのだと言うように強気な口調を崩さない。


 笑顔を崩さないように意識をすることも忘れない。


 相手よりも弱いのだと言う態度は、交渉を失敗させるだけだ。


 交渉術も役に立つものだと心の中で両親に感謝した。


「リン・ネイディア・ジューリア?」


 名を聞いた途端にシャーロットの眼から不信感は消える。


「……そうか。そうであったか」


 獲物を見定めているかのような眼は柔らかなものとなり、纏っていた威圧感すらも消えた。


「あの時の幼子がこのような成長を遂げるとは。ジューリアの坊や。ここまで大きく成長しているとは思ってもいなかった」


 その変化に驚いたのはリンだけではない。


 リンの近くまで来ていたガーナたちも話しかける切っ掛けを失ったかのような表情を浮かべて、誰もが声を掛けられずにいた。


「坊や。魔法学園に通う為には苦難が多かったことだろう」


 シャーロットの笑顔は年相応ではない。


「あの時の坊やがそのような苦難を乗り越えられるとは思っていなかったのだよ。あぁ、だから、坊やのことを忘れていたわけではない」


 今年、十六になるとは思えない言葉とは掛け離れた幼い少女のような笑顔だ。


 リンのことを子ども扱いしているシャーロットの方が子どものように見えるのはなぜだろうか。


「話を聞かせておくれ。可愛いジューリアの坊や。フリークス公爵家の愛くるしい坊やとは、未だに仲良くやっているのかい?」


 その笑顔を見たリンは胸が締め付けられるような感覚になった。


 その笑みは、記憶の中で止まったままの彼女と同じ笑みであった。


 ……違う。


 一瞬、頭を過った思い出はリンのものではない。


 ……バカにされているのか。


 それを妄想だと否定した。


 それから目の前で笑っているシャーロットを睨みつけた。



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