09.シャーロットの言い分
「皆さん、進級おめでとうございます。本日より高等部となった皆さんには中等部の生徒の良き手本となるような学生生活と活躍が期待されています。名誉ある担当教授に抜擢されました私、リーリア・ヒュースターは、Aクラスに組分けられました三十五名は良き友となれることを願っています」
教卓の前に立った担任、リーリア・ヒュースターの声が教室中に響く。
フリアグネット魔法学園の教師としての矜持があるのだろう。
……お堅い先生だねぇ。
ガーナはリーリアの言葉を聞きながら心の中で大きなため息を零した。
貴族出身の品行方正な生徒にとっては理解のある担当教諭だろう。
それはガーナのような貴族社会に疎く、それに馴染むことができない生徒にとっては息苦しいことを意味している。
「本日からフリアグネット魔法学高等部普通科Aクラスには特別な授業計画が組み込まれることになりました。この素晴らしき帝国の歴史を学ぶのにはAクラスのように恵まれたところはありません。これも皆さんが恵まれているからこその幸運といえるでしょう」
……うわー、宗教みたい。
国教として始祖信仰を掲げている帝国ならではの言い回しだろうか。
「皆さんはライドローズ帝国が誇る七人の始祖の一人、“強欲の災厄”シャーロット・シャルラハロート・フリークス様と共に学ぶことが許されました。シャーロット様、どうぞ中にお入りくださいませ」
先ほどのレインとリンの会話のこともあるのだろう。
……生徒として受け入れた雰囲気じゃないよね。
期待に満ちた目を向けている生徒が多い。
扉に向けられた視線に従うようにガーナも扉を見る。
……でも、仕方がないか。
声を掛けられるのを待っていたと言わんばかりに扉は開けられた。
触れるだけでも火傷をしてしまいそうだと感じてしまうほどの威圧感が隠れていない。
堂々とした足取りで教室内に足を踏み入れたシャーロットから視線を外せない。
……うわ、すごい。かっこいい。
規則正しい制服の着こなしこそが洗練された素晴らしいものだと、シャーロットを見れば誰もが思うだろう。
それほどに凛とした佇まいのシャーロットは他人の視線を集めるものだった。
シャーロットは、制服を着ていても変わらない。
軍人であると、生まれながらの貴族であると誰もが感じ取る。
この人を敵に回した瞬間に何もかも終わってしまうだろう。
そのようなことを感じさせてしまう。
……圧倒されちゃうわね。
教室中から視線を集めても、それが当然だと言うかのように堂々と歩く。
その美しい佇まいに見惚れた人はどれほどにいるのだろうか。
シャーロットが発する威圧感に屈してしまった人はどれほどにいるのだろうか。
シャーロットはそのようなことを気にも留めないのだろう。
……昨日ことがなければ、私もシャーロットの信者になっていたかも。
誰もが恐怖心を持ちながらも、憧れてしまう。
尊敬の眼を向けられながらも、それを気にすることないのだろう。
当然だと受け入れてしまうのだろう。
「お待たせいたしました。シャーロット様。こちらへどうぞお越しください」
「……感謝する。しかし、私の席はそこの空いている席だろう? 教卓の前に立つ必要性を感じないのだが」
「席はそちらの席でご準備をさせていただきました。しかし、皆、シャーロット様がご学友になるということを知りません。だからこそ、こちらで簡単な挨拶をいただければと思います」
露骨なまでにシャーロットのことを持ち上げるリーリアに対して思うことがあったのだろうか。
シャーロットは面倒そうに眼を細めた。
……あ、嫌がっている。シャーロットってこういう人前に立つのは嫌いじゃないと思っていたんだけど、実は苦手なのかな。
その些細な変化に気付いたものは少ないだろう。
それでも文句は言わずにシャーロットはリーリアの隣に立った。
その途端、恐れ多いというかのようにリーリアは慌てて横に移動していた。
「本日より貴殿らの学友として魔法学園に通わせていただくことになった、シャーロット・シャルラハロート・フリークスだ。年齢は貴殿らよりも遥かに上になるが――、あぁ、いや、身体的には同学年になる。学園に通う生徒の様子を監視する目的ではない為、私のことは気にせずに日々を過ごせばいい」
……言うことを考えてなかったんだね。
年齢に関しては誰も触れることはないだろう。
なにも考えずに言葉にしているのか、とんでもないことを口にしていたものの、それを指摘する者はいない。
……学園に通うなら自己紹介は必須なのに。
自己紹介をすることになるとは思ってもいなかったのだろう。
それは、シャーロットが一度も学生をしたことがない証拠だった。
「私は、貴殿らのように学生として来ているわけではない」
それは始祖としての言葉なのだろうか。
「だからこそ、軍職を希望している者がいれば相談に乗ることはできるだろう。」
共に勉学を学ぶ者としての立場からの言葉ではないだろう。
「歴史に興味がある者がいれば私の知っている限りの知識を教えることができるだろう」
それなのにもかかわらず、心に抱くのは反感ではなく感心である。
「魔法を極めたい者がいれば上達する為の術を与えることもできるだろう」
少しだけ低めの声に聞き入ってしまっている。
「この貴重な機会を良いものとしていきたいと思っている。――以上だが、補足としてなにか必要なことはあるか? リーリア教授」
「個人としての質問となってしまいますが、一つ、よろしいでしょうか?」
「なんだ」
「シャーロット様のご教授の対象には教員職である私どもも含まれているのでしょうか?」
リーリアの眼は輝いていた。
その顔は教授としてではなく、教えを乞う生徒のような顔だった。
「私が言った若い世代には、教員職も含まれている。教員だからこその気付きもあるだろう。是非とも私に聞かせてほしいものだよ」
「ありがとうございます。シャーロット様。他の者にもお伝えしておきます」
……先生よりも上の立場として来ているのかな?
わざとらしい言葉遣いをするシャーロットに対して、リーリアは尊敬の眼を向けているのは、ガーナから見てもよくわかった。
……そりゃそうよね。誰が始祖に対して偉そうな口が聞けるんだって話よ。
シャーロットはここが勉学の場だということは分かっているのだろう。
本当ならば、学生のような待遇を期待していたのかもしれない。
「それは頼もしい限りだ。他はないか? 学生である貴殿らからの質問でも構わないが。……うむ、目を逸らされてしまったな。それでは緊急性の高い質問がないのならば、他は休憩時間にでも聞こうか。それでも構わないか?」
「いいえ。他にはなにもございません。ありがたいお言葉に感謝いたします」
「それはよかった。では、私は席に戻っても構わないか?」
「はい。ありがとうございました」
リーリアの言葉に対して、今度はなにも返さずに席へと向かう。
……リンの後ろなの?
教室の中で残されている席は一つだけだ。
リンの後ろの席――、この教室で一番、総合成績の悪かった者の位置である。
……試験に間に合わなかったのかな。
誰もがその位置にシャーロットが座ることへの異論は唱えない。
編入試験も受けるような時間がなかったのかもしれない。




