08.それは同情なのだろうか
……さっきの痛みは、なんだったんだろう。
自分の席に戻り、しばらくすると痛みは消えていた。
思考を遮るものもなく、普段ならば思わない言葉が頭の中を過ることもない。
……変な話よね。兄さんみたいに生まれた時から始祖なのに。
先日、遭遇したシャーロットのことを思い出す。
シャーロットは生きている。
本来、彼女たちは始祖としての記憶、才能、自我を受け継いだ状態で誕生する。
この世に生を受けた瞬間から自我をもっている。
そのような存在であることはこの千年間で誰もが知っていることである。
それを否定するような在り方は想像することができない。
……なにを考えているかわからない。
男女の双子でありながらもここまで似ているのはなんらかの意図すら感じる。
男女の双子であっても、魔力の質や性格は似ることがあるが、外見は似ないことが多い。
それなのにもかかわらず、シャーロットとレインは似ている。
鏡に映し合わせたかのように似ているのだ。
……もしかしたら、シャーロットやレイン君が私の日常を変えてしまう存在なのかも。
ガーナは、それを恐ろしいものを見てしまったかのように感じたのだろう。
よくないことが引き起こるような前触れのようなものだ。
……まさに呪われた双子の再来よね。
本来、呪われた双子というのは千年前のフリークス公爵家に降りかかったとされている悲劇を揶揄する表現である。
ヴァーケル村には始祖の怒りを買ったとされている呪いの地が残されており、侯爵家に関わる様々な言い伝えが語り継がれてきた。
その影響もあるのだろう。
ガーナにとって、フリークス公爵家は関わるべきではない存在である気がした。
……別にレイン君がなにかを企んでいるってわけじゃなさそうだけど。どちらかというと企んでいるのはシャーロットよね。
シャーロットは目的を果たす為ならば手段を選ばないだろう。
……変なことにならなきゃいいけど。
千年前のフリークス公爵家が舞台となった悲劇の経緯を知る者は少ない。
しかし、ガーナは知識として知っていた。
その知識を得た覚えはない。兄から聞かされた覚えもない。
それなのに知っている。
……変なの。
教室の中を見る限りはだれもレインを避けるようなそぶりを見せない。
それはレインが公爵家だからなのだろうか。
それとも、二人の始祖を兄妹に持っているからなのか。
……まさかシャーロットと重ねて見ているとか?
レインに対する同級生の視線は、彼のことを崇めているようにすら思える。
まるでレインを通じて別の人を見るようだ。
……違う。
それなのにもかかわらず、ガーナは違和感を抱いていた。
……死んだって割り切っているのにまだ現実を見ていないというか。うーん、よくわからない。
冷静に考えれば考えるほどにわからなくなる。
貴族の考えなど、ガーナには理解できるものでは無いのかもしれない。
……いいや、違うね。絶対に違う。
もしも、帝国主義や始祖信仰であるのならば、始祖であることを否定する術を探す筈がないのだ。
レインはそれがないと強い口調で言っていた。
まるで既に探した後のようであった。
「――ああ、そっか」
思わず声に漏れる。
シャーロットは歴史を遡れば冷酷非道の悪女とも呼ばれている。
他人に対する心を持たず、他人の血を浴びながら大笑いをするその姿は恐ろしいものであったと言われている。
帝国民の誰もが崇めている始祖信仰の中でもシャーロットに対する評価はよくないものばかりである。
……やっと、わかった。
シャーロットは手段を選ばない。
帝国を護る為ならば帝国の民でも殺すだろう。
……簡単なことだったんだね。
呪われた双子の逸話と共に語り継がれる悲劇の一族、フリークス公爵家。
引き起こされた悲劇により、偉大な公爵家の血筋はシャーロットを残して途絶えてしまった。
それでもシャーロットは笑っていた。
敵の血を全身で浴びながらも笑っていた。
――いや。笑うことしかできなかったのだろう。
……レイン君は、怖いんだ。
偶然、横の席になったレインを見る。
つまらなそうに話を聞いているレインの横顔は、シャーロットと似ている。
……レイン君はシャーロットの悪女じゃない部分を知っているんだ。
始祖の中でもその存在自体が災厄であるとすら言われている。
与えられた異名の通り、シャーロットは、帝国を守る存在でありながらも帝国内部でも恐れられている。
……それを受け入れろなんて無理な話だよね。
シャーロットに対して、憧れる者も多い。
それ以上に恐怖感を抱く者は多いだろう。
……レイン君は私と同じなんだわ。
レイン越しに見える空は、今にも雷が落ちそうだった。
これから起きるだろうなにかを予兆するかのような曇り空に身震いする。
予知の才能を持ち合わせていない筈のガーナですら、なにかの意図がある気がして仕方がない。
……なにもないといいけど。
今日、シャーロットがやって来る。
それも、わざわざ始祖の名でやって来る。
……でも、大丈夫よ。
それがなにを意味するのかを考えるだけ無駄と思いつつも、なにか意図があるのではないかと考えてしまう。
少しでも先を知りたかった。
知らなければ、なにかを失う気さえした。
……私がなんとかしてみせるから。
ガーナは特別な存在ではない。
魔法も武術も魔女候補生として最低限のものを身に付けているだけである。
……きっと、守ってみせるわ。
シャーロットはガーナのことを聖女の生まれ変わりだと表現したものの、それを信じることができないのはガーナには特別な才能がないからだろう。
……私がやってみせるから。
優秀な軍人であるシャーロットと争えば、命はないだろう。
それでも、争う事を前提に考えていることに気付き、ガーナは苦笑した。
……変なの。
初対面の筈だ。
それも、友人に対して暴言を吐いてきた同級生である。
関わりを持たなければいいだけの話だということはガーナもわかっているのだろう。
……どうして、私は、レイン君を守ろうとしているのかな。
それは自分自身と似たようなところがあるからなのだろうか。
始祖を兄妹に持っている者として共感するようなところがあるからだろうか。
好意を寄せる要素はなにもない筈だ。
同情する要素もなにもない。
それなのにもかかわらず、レインの考えを理解しようとしていた。
そして、守ろうとしている。
それが不思議で仕方がなかった。




