07-3.呪われた双子はなにを思う
「シャルルがなんで学園に通うんだよ。彼奴は軍に入隊したんだろ!? 今になって俺たちと同じようなことをする意味なんかねえじゃんか!」
「お前の耳は節穴のようですね。意味などないのでしょう。俺たちにはそれを知る権利はありません。それに妹の名で呼ぶなと言ったでしょう」
「だって! シャルルはシャルルじゃんか!」
リンの言葉は噓ではないのだろう。
心の底から思っている言葉を口にしているだけなのだろう。
「言葉の通じない人ですね。妹は死んだのだと、何度言われたら理解するのですか? 本当に頭の弱い人ですね。それだからお前は能無しだと言われるのです」
……だから、レイン君はリンを庇おうとするんだね。
関わらないようにと忠告をするのはリンが受け止めることができないからだろう。
「いや、だって、シャルルはシャルルじゃんか。お前みたいに軍に引き取られたから他人だなんて割り切れねえよ。始祖に選ばれたって言ってもシャルルはお前の妹じゃんか!」
公爵子息とはいえ始祖の怒りを買ってしまえば処罰は免れない。
「妹は死にました」
それを理解しているからこそレインはリンに対して冷たい言葉を吐くのだ。
「始祖は転生を繰り返し、帝国を護るとされている存在なのは知っているでしょう」
その表情からはなにを考えているのか読み取れない。
「これは名誉なことだと喜ぶべきなのです。その程度の知識は頼りのない頭の中にも入っているでしょう?」
「うっせえな。そんなのは言われなくてもわかってる。俺が言いたいのはそういうことじゃねえし」
「黙りなさい。これは帝国においてはなにもおかしいことではありません。妹は始祖の転生者だった。それだけのことなのです。それを否定することは許されません」
身内が始祖の転生者だったと知れば、誰もが喜ぶことだろう。
「俺たちはそれを否定することはできません。リン、お前が妹のことを忘れずにいることは有難いことだと思っていますよ」
帝国の繁栄が続くことを喜ぶ。
「しかし、妹が生きていると勘違いしてはいけません」
そして、その影響を受けることができるのだと喜ばなくてはならない。
「妹は死んでしまったのです。それを受け入れることこそが俺たちに出来る唯一の抵抗だと言ったでしょう」
「……お前みたいに割り切れねえよ。同じ顔をしてるくせに」
「顔は関係ないでしょう。皇帝陛下が始祖であると認めた日に妹は死にました」
四、五百年の時を生きると伝承されている存在がフリークス公爵家から現れたのは千年ぶりの話である。
もっとも、その千年前の人物こそが始祖と崇められている人である。
……なんか悲しい話よね。
それを否定する術は存在しない。
当たり前の話だった。
「兄上も妹も帝国に選ばれたからこそ、その命を捧げました」
フリークス公爵家は四人の子宝に恵まれた。
「この国の為にその身を捧げる存在でなくてはならないのです。それが帝国の民である誇りなのだと、信じなくてはいけないのです」
しかし、家督を継ぐことが決められた長男は、始祖クラウス・ローリッヒの転生者だった。
それがレインの運命を大きく変えてしまったのだろう。
「それは変えることのできない真実です。お前がどのような期待を抱いていてもそれは全て無駄になるでしょう」
兄と妹が始祖だったからこその影響を受けてしまったのだ。
前例のない現象だとしてもそれを疑うことは許されない。
「そんな風に割り切ってるつもりになってんのかよ。お前はそれでいいのかよ!? 」
シャーロットという存在が彼らの中で大きすぎる存在なのだろう。
「彼奴が学園に来るっていうならいい機会じゃんか! 納得できねえのは俺だけじゃねえだろ!?」
リンは大声を上げる。
滅多なことで叫ばない彼に注目が集まる。
「レインだって納得なんかしてねえじゃんか!」
それでも気にしている暇はなかった。
「お前らは、双子じゃねえかよ! いつも一緒だったじゃねえか! それなのにこれでいいのかよ!? ようやく回ってきた機会じゃねえか! それを無駄にするんじゃねえよ!」
「機会もなにもありませんよ。なにもかも手遅れでしょう」
……変なの。双子だからなんだっていうのよ。彼らにはそんなの関係ないわ。
双子なのだから話し合えると誰が決めたのだろう。
決めつけるように声を上げたリンの姿を見て、思わず、心の中で笑う。
「手遅れなわけがねえじゃんか!」
「うるさいですね。大声を出さないと話せないのですか? これは俺たちの問題です。ジューリア公爵家のお前には関係がない話でしょう」
リンの言葉があまりにも情けないもののように聞こえた。
ありえない妄想に縋りつくかのようにも見える。
それは、盲目的なまでに親を信じる子どものようだ。
……シャーロットは呪われているのよ。だから、決して情報を与えないわ。彼女はいつだって帝国の為に全てを捧げるような冷酷な女なのだから!
それを言葉にしようかと口を開いた瞬間、思わず自身の口を右手で覆う。
突然の行動であったが、誰も不振に思わないだろう。
ガーナに注目している人はいない。
これほどに大声で話をしているのだ。
注目の的になっているのはレインとリンの二人である。
……え、なに? なにを考えているの? 私は。
知らない間に他人に身体を乗っ取られているのではないだろうか。
そのような非現実的なことを思ってしまうのも仕方がないだろう。
ありえないことが起きた。
それに気づいてしまった途端に身体中の血の気が下がる。眼が回る。
……違う。違うわ。私、そんなことは知らない。聞いたこともないのに。
それを口にしようとしたことは分かった。それなのにもかかわらず、なぜ、そのような考えに至ったのか分からない。
……今、友達を貶した。私がリンを貶した? その上、知らない筈のことを知っていた。
人間が変わったような考えだった。
普段なら決して思わない考えだった。
……うぐっ。
それを自覚した途端、眼を開けていることすら苦痛に感じる。
立っていることすら困難になる。身体が悲鳴を上げているのではないかと錯覚してしまう。それほどに突然の痛みに戸惑う。
そして、それを悟られまいと必死に無表情を貫いた。
「何度も言わせないでください。妹は死にました」
リンの言葉に対して、レインは冷静だった。
淡々とした口調で当然のように言い放つ。
「始祖の顕現により妹は死に至ったのです。それがあったからこそ俺たちは生きているのですから。始祖がいなければ命を落とすことになったのは妹ではなく、俺たちだったことを覚えているでしょう?」
レインの言葉に、リンは何も言うことが出来ない。
それが真実だと言うかのように言葉を飲み込むしかなかった。
黙ることしか出来ないリンに対して興味を失ったように、レインは息を着く。
「それよりも、さっさと席に戻りなさい。――お前たちもですよ。先生がいらっしゃいましたので」
目線を教卓に向けながら、そう言った。
教卓に向ける眼は、少しばかり怒りが宿っていたのを知る者は誰もいない。




