06-3.日常は人それぞれである
「――そうなのですか? イザト君は色々と大変なのですね。なにか出来ることがあれば、いつでも申して下さい。私も出来る限りの協力はいたしますから。あら、ガーナちゃん? とても大事な話をしているのに居眠りはいけませんよ。立ちながら眠るなんてすごい特技をお持ちなのですわね」
……元に戻ったの?
ライラの声を聞き、ガーナは眼を見開く。
ライラ、リカ、リンと順番に顔を見ていく。なにもなかったかのように元通りに戻っていた。
……よかった。なにもなかったみたい。
世界から取り残されたかのような時間だった。
その異様な空間に取り残されることに慣れてしまっているイザトはなにを考えているのだろうか。
イザトはガーナのように焦りや戸惑いを感じていなかった。
仮面のような笑顔を浮かべているイザトに対し、違和感を抱く。
「ガーナちゃん?」
「へ?」
「どうかいたしましたの?」
「うっ、ううん! なんでもないよぉー」
呼吸が止まっていないことは確認していたものの、それでも不安だった。
なにもなかったかのように会話の続きを始めたライラの様子に変化はない。
それどころか眼を瞑って深呼吸をしていたガーナを心配するくらいだ。
……いけない、いけない。誰にも話しちゃダメだって言っていたじゃないの!
再び同じような状況に陥るのは恐ろしいことだった。
それを引き起こさない為にもガーナはこのことを誰にも伝えることはできない。一生、胸の中に秘めていなければいけないのだ。
……あぁ、もう、最悪。どうしてこんな目に遭わなきゃならないのよ。
隠し事は苦手だ。
友人に対して隠し事をしたくはないのもある。
「君よりは忙しくないとは思うけどね。ミュースティさんの方が毎日大変でしょ? ヴァーケルさんの世話とかね。ヴァーケルさんから目を離すとなにをするかわからないからね。見ておかないと不安になったりするんじゃないの?」
イザトの言葉は牽制も込められているのだろうか。
……監視のつもり?
友人としてはイザトのことを疑うつもりはない。
貧困街の生まれである彼の交友関係は世間的には良くない人々だったこともある。
それは一時期、学園内でも騒ぎになったものだ。
……なんか嫌な予感がするのよね。始祖絡みじゃないでしょうねえ。
以前、保護者である女性は軍関係者だとイザトは口にしていた。
だからこそ貴族出身者たちは口を閉ざしたのだ。
それまでの批判、暴言、悪態は嘘のように消えてしまった。
そこまでの影響力を持つ軍関係者の女性など限られている。
「言われてみればそうですわね。ガーナちゃんの行動は予想外なことが多くありますので眼が離せない時がありますよ」
「ふふっ、確かにねぇ。私の世話は大変だよねえ。適度に息抜きをしながら接したまえ! 親友を必要以上に困らせるようなことは、さすがの私もしないよ!」
「そうですわね。そうであると信じておりますわよ」
……親友だからこそ巻き込みたくないことだってあるのよ。
イザトとガーナだけが動けた理由は分からない。
心当たりもない。
そのような現象を引き起こすような共通点もないだろう。
「その期待に応えてみせようじゃないか!」
だからこそ、ガーナは解決策の無いようなことを口にするのは止めたのだ。
「でもね。本能で動いてしまう時は仕方がないじゃない!」
同じような現象を引き起こしたくないのも理由の一つだったが、それ以上にライラたちを巻き込んでしまうことを恐れたのだ。
それが最大の理由だろう。
……ごめんね、ライラ。
それを知れば、ライラは怒るだろう。
危険な行動をしないでほしいと泣いて怒るだろう。
親友だからこそ頼ってほしかったと泣いてしまうだろう。
……私はライラのことが大好きなのよ。私にとっての一番の親友はライラなの。それはね、これから先、なにがあっても変わらないわ。
親友だと自負しているからこそわかっていることだった。
わかっているからこそ巻き込みたくはないのだと一方的な線引きをすることが正しいことなのか、他の方法を探すべきなのか、ガーナにはそれはわからない。
それを考える時間の余裕はないようにも感じた。
「ライラ! 私の親友として、国境線を越えて支え続けてくれたまえ! 君ならばできると私は信じているのだからね!」
それは心にも思っていない言葉だった。
……本当はね、国境線の先に居続けてほしいの。だって、そうすればライラはこの国でなにがあっても平和なままだから。
それでも笑顔で言ってみせる。
心の中では正反対のことを思いながらも、それを悟らせないように笑ってみせる。
「……えっと、直すような努力はされないのでしょうか?」
「え、なーに、ライラったら。そんなことを私がするとでも?」
「いいえ。それでも、確認だけはしておきたいと思いましたのよ。それでこそ、ガーナちゃんらしいというものです」
確認をするだけで踏み止まってくれることに対して、これほどに感謝をしたことはないだろう。
「これが私の性格だから仕方ないよね! でも、そこも含めて親友でいてくれるライラが最高だわ! 大好きよ!」
普段ならばそこで踏み止まらないでほしい、と口にしているところだ。
「で、リカはどうだったんだい!?」
まだなにも話していないリカへと強引に話しを振る。
話の流れを変える為だったからだろうか。
思わず、声が大きくなってしまった。
リカは身体を震わせた。
涙目でライラの背中にしがみ付く。まるで小動物のような姿をかわいいと持ち上げる人もいれば、わざとらしいと非難する人もいるだろう。
隠れ蓑扱いをされているライラはどちらかといえば前者だった。
「ふふふっ、そーんなに怯えられると興奮するじゃないのぉ……!!」
ガーナはどちらかといえば後者である。
……あぁ、思いっきりからかってあげたい!!
大きな声を出しただけで震えているのだ。
心のない言葉をぶつけられた時はどうするのだろうか。
泣いてしまうのか。それとも本性を露わにするのか。
……友達だもの。そんなことはしないけどね。
ライラの後ろに隠れることで安心しきっていたところだったのだろうか。
いつも以上に身震いをし、情けなく悲鳴を上げている。
「さあさあ、話をしなさいよ!」
帝国出身者が大半とはいえ、ライラのような交換留学生という形でこの学園に通う者もいる。リカもその一人だ。
「え、あ、そ、そのね……」
「え? なに? よく聞こえないわ。はっきり言ってよ! そんなに小さな声だと私の耳には届かないわよ!」
リカの眼には、ガーナの大声で振る舞う言動は、奴隷を売り買いする人々と同じように見えたのかもしれない。
ライラの後ろに隠れていながらも小さな声でなにを言っている。
口元は動いているのが見える為、なにかを言っていることはわかったのだが、ガーナの耳には言葉として聞き取れなかったのだろう。




