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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第1話 日常が崩壊していくことさえも自覚ができない

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04-2.兄は天才である。そして、帝国が誇る化け物である。

 それでも、ガーナはその言葉は本物だと信じてしまった。


 ……あの時の言葉は本当に兄さんが言ったのに違いないわ。


 なぜ、信じてしまったのだろうか。


 不安にさせるだけの言葉など聞かないふりをすればいい。


 それができなかったのは、なぜなのだろうか。


「兄さんの予言を信じるのは当然だと思わないかい?」


 それは自分自身に言い聞かせるような言葉だった。


 ガーナの話の雲行きが怪しいことに気付いたのだろう。


「兄さんは天才なの」


 ライラたちは不安そうな表情を浮かべていた。


「私は兄さんと同じような才能はないけれども、兄さんが学校に通うべきだって言ってくれたから通うことを決められたようなものだしね」


 ガーナがなにを話しているのか理解できないと言いたげな目線を向けるものだっている。


 いつもならば、ガーナはその視線を素早く理解して話を変える。


 空気が読めないふりをしていながらも、誰よりも周りのことを見ているのはガーナだ。


「兄さんが私にこうするべきだって道を示すのならば、私はそれを疑うこともせずに信じる自信があるのよね」


 兄に対して絶対的な信頼感を抱いている。


 それは羨望からなのか、家族愛からからくるものなのかわからない。


「私は兄さんを信じているもの」


 ガーナはイクシードのことを信じている。


 自分を害するようなことはしないと信じている。


 それを疑う選択肢はガーナの中ではないのだろう。


「極端な持論だってことは私もわかっているわ」


 だからこそ、シャーロットから伝えられた兄の予言染みた言葉を信じてしまった。


 それにより心が苦しいと訴えていようとも、そのようなことを信じられないと心が訴えていようとも関係がない。


「でもね、考えてごらんよ! 始祖である兄さんの言葉を疑うような帝国人がいるかい? 私はそんな人をみたことがないね!」


 イクシードが予言をしたのだ。


 それを盲目なまでに信じることが正しいことだと信じたい。


「だから、これは私だけの話じゃない」


 その為ならば、耳を塞ぎ、眼を塞ぎ、真実から逃げるような真似だってするだろう。見て見ぬふりは得意だった。


「誰だってそうなると思わない? だって、兄さんは帝国を救った英雄なんだから」


 ……だって、兄さんは始祖の生まれ変わりなんだから。


 伝承通りの姿形をしているのは偶然だろうか。


 千年以上も前、この世に生を受けたと言い伝えられている始祖の一人、ギルティア・ヤヌットは美しい青い髪の青年だった。


 どれほどの月日が経っても彼の容姿は衰えることはなく、青年は帝国の為に数々の敵を撃ち落とした。


 ……もしかしたら、兄さんは始祖そのものなのかもしれないけど。


 イクシードはまるでその伝承から抜け出したかのような人だ。


「ライラは見たことがないだろうね。アクアライン王国には始祖のような人はいないんでしょう?」


 ガーナとの共通点は同じような青い髪だけだろう。


「きっと、ライラの目には兄さんは歪に見えるかもしれないわ」


 それでもイクシードの海のように濃い青とは違い、ガーナは空のような薄い青だ。唯一の共通点がそれだけであるというのにもかかわらず、ガーナはイクシードが兄であることが自慢だった。


「自慢のお兄様なのでしょう? 歪だなんて言葉は使ってはなりませんわ」


「ふふっ、ライラは優しいね。でもね、それは兄さんを見ていないから言えるんだよ。兄さんはね、私なんかとは違うの」


「家族や兄妹であったとしても同じ人間は存在しませんわ。ガーナちゃん、それは思い込みですわよ。考えすぎなのではないでしょうか」


 ライラの真っ直ぐな眼を見ても、ガーナの考えは揺さぶられることはない。


 ……わかってるよ。ライラが正しいことくらい。


 なにか得体の知れないものに憑かれてしまったのだろうか。


「うん。ライラの言いたいこともわかっているよ」


 思わずそのようなことを考えてしまう。


 それほどに心の中と口から出る言葉には違いがあった。


「いいや、わかっているつもりさ」


 普段ならば心の中に収めておける言葉を声に出してしまう。


 窓からはいる風がガーナの髪を揺らす。


「でも、私は兄さんの言葉はなんでも信じてしまうのさ。確信がなくたって構わない。それがどんなに恐ろしい言葉だって構わない」


 冷たい風はガーナの言葉を催促するかのように体に触れる。


「兄さんがそう言ったのなら、それだけで信じる価値があるんだもの」


 昨日のことを思い出す。


 寝ても覚めても心の中に居続ける言葉はガーナの意思を作り変えていくようだった。


「勘違いしないでよ? 私は私だし、別に兄さんのようになりたいなんて思ってないわ。卑屈になっているわけでもないから」


 そのような不気味な感覚を抱きながらも、ガーナは疑うことない。


 昨日の出来事に関しての確信は一つもない。


 しかし、ガーナはシャーロットが口にした言葉が噓のように聞こえなかった。不思議なことはあるが、ガーナには本当に兄から伝えられたように感じていた。


「新学期早々にする話ではないけどね。私の休みなんて、兄さんと過ごした日々で充分すぎるほどに満たされているのよ」


 ……でも、兄さんが私を化け物だって言ったの。


 その上、シャーロットは忠告までした。


 それは、ガーナという存在を知っていたからではないのか。


「兄さんがね、私のことを化け物だっていうのよ」


 ……あの兄さんが私をそういう風に言うことはなかったのに。だから、きっと、本当に私は化け物なんだろうね。


 最初からすべて決められていたのではないのか――。運命ではなく、あの出会いは、自分が追いかけたのは全て決められていたことではないのか。


「お兄さんが? そんなことを言われても、ヴァーケルさんはお兄さんを信じるっていうの? なにを言われたのか知らないけど、妹を化け物呼ばわりする人を信じるなんておかしいんじゃないのかな?」


「そうね、イザトの言う通りかもしれないわ。おかしいと言われるなんて心外だけどね!」


「僕の言葉に同意をするなら、それでいいじゃないか。おかしいことは信じる必要ないと思うよ。それなのに兄妹だから信じるなんてバカのすることだよ」


 イザトの言葉に対し、ガーナは何度も頷いた。


 ……イザトの言う通りよ。


 友人の言葉を素直に受け入れることができる。


「バカだって言われることはあっても、化け物だって言われることはなかったわ。ええ、バカ呼ばわりも許せなかったけど。でも、今なら、バカって言われても仕方がないことをしているのはわかっているわよ」


 ガーナの言葉を信じられないと言いたげな目線を向けているだけだったイザトは、ガーナの開き直ったかのような言葉を聞き、大きなため息を零した。


「私くらいは信じてあげないと可哀想でしょ?」


 友人たちの言葉の意味を理解している。


 それでも兄の言葉を優先してしまうのはなぜだろうか。


「それに理由も根拠もないわ。確信だってないわ。本当なのか嘘なのかもわからない。でも、それでいいの」


 事実なのか確認しようと思えばできただろう。


 返事が来るか否かは別としても、イクシード宛の手紙を書けばよかった話だ。


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