03.それぞれの長期休暇の過ごし方
「うふふっ、ところで!! 春の長期休暇はどうだった!?」
「いきなり過ぎじゃね!?」
「急に思いついたの! 最初は、リンからね!」
「は? 俺!?」
「ほら、早く! 早く!」
へらへらと笑いながら、ガーナはそう言った。
先ほどまで落ち込んでいたリンは、制服を少し崩しながらも考える。
朝礼時にはしっかりしていた制服もすでに着崩されている。
「春休みっつっても、なにもなかったんだよな」
……本当に、ライラったら。
親友である彼女の笑みを見て、相変わらず、不満が募る。
……リンのどこが良いのかねえ。私にはわからないよ。
この場でそれを口にする気にはなれなかった。
けれども、不満ばかりが募り、今にも文句を叫んでしまいたかった。
……ライラにはもっと似合う人がいるのに。兄さんみたいな人の隣にいるべきなのに。なんでリンのことが好きなのよ? 理解出来ないわ。
「いつも通りに過ごしていたというか。特に変わったこともなかったからなぁ……」
注目を浴びながらも、思い出す。
それから困ったように頬を掻いた。
「姉貴にお茶会に連れてかれて、親戚が婚約したとかで呼ばれたパーティに参観して。今回は実家か領地にある屋敷にいたしな。後は兄貴と剣を振り回して訓練してたくらいか」
「わぁ、君に取ったらそれが普通に入るんだね。僕、親友を辞めてもいい?」
「え!? それは酷いじゃん!?」
リンは必死に思い出しながら口にした言葉だったのだろう。
それを全否定するかのようにイザトは露骨に引くような態度をとっていた。
「聞きました? ライラさんよ。普通に、舞踏会とか婚約パーティですって。やだ、やだ。これだから貴族様は。普通の意味を理解していないんだわ」
「あら。交友を深める事は義務ですわ。貴族や王族たるもの、常に最先端の情報収集をしなくてはなりませんもの。舞踏会はその最前線ですわよ? 立派な御役目を務められていたのですよ」
それに便乗するかのようにガーナは言うのだが、ライラの言葉に何も言えなかった。
……身分差って、怖い。
ガーナやイザト、それから未だに隠れているリカは平民だ。
帝国内ではもっとも人口が多いと呼ばれている階級の出身だ。
今後もそこから抜け出すことは難しいだろう。
それは、舞踏会や婚約パーティなどの晴れ舞台に呼ばれる身分でもなければ、実家に帰れば、明日の生活の為に命を削るような労働を強いられる。
そして、容赦のない重税に苦しめられる。
それが日常としている人々だ。
「忘れていたよ……」
それこそ、なにも不自由なく暮らせている学園での生活は、天国に思うどころか申し訳なくなってくる気持ちが強く、同時にそんなことに金銭を使うのならば重税を軽くしろと怒りすら湧き出てくる。
「そう言えば、君は王族だったねっ!
そんな身分の考えと重税の苦労を知らない貴族や王族とは考えが異なる。
当然、普通の基準も変わってくる。
「この市民の真似が大好きな王女様め!! 絶対的な支持とか受けてるんでしょ!? 私だったら支持しちゃうもの! 大好きだわ!!」
「私も大好きですわよ、ガーナちゃん。――ところで、ガーナちゃん? 私が王族だってことを忘れておりましたの?」
ガーナは静かに目を逸らす。
……残念、誤魔化せなかったわ。
思わず、漏らしてしまった本音を消すように褒めたつもりだった。
それもまた、普段から思っていることを叫んだだけではあったのだが、誤魔化せなかったようだ。
「ふふ、そんなことはないよ。うん、ありえないよ?」
……忘れもするさ。だって、あまりにも王族のイメージと異なるんだもの!!
正当化するように叫びたかったものの、それを叫ぶことは出来なかった。
「ただね、国が変われば苦しみも違うのということを覚えておくと良いよ。だって、王国の常識と帝国の常識は違うんだもの」
想像する王族の姿といえば、やはり帝国の姿だ。
「帝国は身分差別が当たり前の国だからね!」
……それに、触れたら友人じゃなくなりそうで怖いし。
身分差は乗り越えることができない。
今は傍にいることが出来ても、いずれ、王国へ帰る身分であるライラのことを必要以上に知ろうとするのは、返って苦しい思いをするだけである。
親友だと自負していても、自己防衛のために距離を取ってしまう。
「ライラのような天使のような考えをしている王族なんていないのさ!」
結局、一番大切にしているのは、自分自身なのかもしれない。
自己嫌悪に陥りそうなところで、大きく、咳払いをした。
「王族の春休みはどうなんだい? 豪遊かい!? そうなのかい!?」
「いえ。舞踏会と公務と、それから視察に忙しい毎日でしたわ」
「王女様ってのも大変なんだね。遊び回っているものだと思っていたのに」
「ええ、公務がございますので。それよりも、前回の大津波で倒壊してしまった船の修理を手伝ったり、塀の中にある街々を回って何か問題がないか聞き込みをしたり、おばあさんやおじいさんたちの畑仕事を手伝ったりと忙しいものですよ」
ライラの言葉に、イザトは、ばれないように小さなため息を零した。
聞き流すことができなかったのだろう。
リンをからかっていた時の表情とは違い、本気で信じられない考えを聞いたと言いたそうな顔をしていた。
「それじゃあ、王族って言うよりは農民だよ?」
「イザト君、良いですか? 国は民の為にあるのです。王族は国を纏める役目であって民に貢献するべき存在なのですよ。民と手を取り合って生きていくことは国を支えていく為には必要不可欠なことです」
ライラにとっては、それが当たり前の光景だったのだろう。
「……偽善だね」
平民階級の人間であるとはいえ、数年前までは貧困街で暮らしていたイザトには、民を思う王族など想像すら出来ない。
……一緒に居てもライラのことをバカにしているんだろうな。というか、理解できないから苦しんでいるのかも。正反対だもんね。
イザトを見てガーナは胸が締め付けられた。
「皇族は助けない。皇族は下を見るわけにはいかないんだよ」
この場にいる誰もが、イザトの生まれ育った場所を知っている。
貧困街で生き延びたイザトはライラの言葉に共感ができないだろう。
「ミュースティさんの言葉は理想論だよ。少なくとも、帝国にいる限りは帝国の考えを理解するべきだと思うね」
ライラの語る理想的な話も都合のいい物語にしか聞こえていないのかもしれない。
……貧困街出身者と世間知らずのお姫様。小説みたいにはいかないよね。それでも一緒にいるから不思議だけど。
虐げられる側の気持ちは理解が出来る。
ガーナも、市民階級の人間というだけで、嫌味や陰口を言われてきた。
嫌がらせを受けることもあった。
学園に通う貴族からすれば、貧困街出身者も農村出身者も似たような存在だ。
厭らしい存在だと決めつける貴族たちのことを憎いと思わなかったことはない。
……イザトからしたらライラも敵みたいなものだろうし。それでも前よりは攻撃的じゃなくなったけど。
見下される立場からは、脱出することは出来ない。
……どうやったって、信用できないんだよね。きっと。
友人として共に過ごしてきても、それが現実だった。
「アクアライン王国は帝国のように細かな身分制度はありません。王族と国民は共にあります。それは初代女王陛下の時代から変わらずに保ち続けてきた私たちの誇りでもあります」
「ふうん。悪いとは思うけど僕には理解できないね」
「ええ。それでも構いませんわ。考え方も違うのですから仕方がありません」
頬を赤らめながらも、胸を張って言うライラは、ガーナたちの知っているこの帝国の皇族とは違うのではないだろうか。
……いっそのこと、亡命したらいいんじゃないかな。
その言葉を言うことが出来るのならば、イザトの心は救われるのだろうか。
「私がしている行為は王族の義務を果たしているだけです。とはいいましても、お父様やお母様の様に大々的な貢献はまだできておりませんのが、お恥ずかしいところですが」
帝国で生きるよりも他国へ亡命してしまえば、幸せになれる可能性はあるのではないか。
亡命者への厳しい仕打ちもないだろう。
「イザト君、帝国の在り方が苦痛に思うのならば、一度、アクアライン王国に遊びに来てください。私たちは敵意のない人々を受け入れますから」
それならば、それを薦めるのが友人の為ではないのだろうか。
……なんて、言えないんだけど。
ライラの言葉を聞いて、ガーナはそう思ったのだが、声には出せない。
それよって変わっていく環境を望めるほどに強くなかった。
「ガーナちゃんはどうでしたの? ふふ、そういえば、貴女から休みの日のお話を聞いたことがありませんでしたね」
ガーナの考えなど気づくこともなく、期待しているように目を輝かせて聞く。
その視線に応えるかのように、筋肉が消えてしまったのではないかと思わせる程に締まりのない笑みを浮かべる。
「その言葉を待っていたわ!」
真剣に考えるのは性に合わず、逆に空気に合わせて雰囲気を変えるのは得意だった。




