02-1.問題児は問題児であることを自覚しない
「無視されてんじゃん。ざまあねえな」
リンは大笑いをする。
「来年からは問題児がお前だけになるじゃん? 可哀想に。俺たちが助けてやれなくなったら、退学させられるんじゃね?」
笑えない話だった。
来年は五人が揃うことはない。
それを知っているからこそ、リンは笑ってみせるのだ。
「仕方ねえから同情してやるわ。退学させられたら農民に逆戻りだな!」
「だから、私は、問題児なんかじゃないわよ! 私がいつ問題行動を起こしたって言うのよ!」
「存在そのものが問題児じゃね?」
「なんですってぇっ!!」
ガーナは許せないと言わんばかりに両腕を振り回したが、避けられる。
「それにね、農民のなにが悪いっていうのよ!?」
階級制度は覆らない。
貴族ではないガーナたちと友情を築き上げていても、リンも貴族が上に立つのが当然であるという考えを持っているのだろう。
「御貴族様なんて好き勝手に農民から搾取していくけどね! 私たち農民がいなかったらみんなが飢えて死んじゃうんだからね!」
それを否定することはしない。
ただ、ガーナは自分自身の主張を飲み込むこともしない。
「もっと、私に感謝しなさい!! って、笑ってんじゃないわよっ! 私のことをバカにしてると痛い目に遭うんだからね!!」
「あははははははっ! あー、おかしい!」
「なにがおかしいって言うのよ!」
ガーナの言葉にリンは大笑いをしていた。
それに対して、なにがおかしいのか分からないと訴えるかのように腕を振り回し続けてみるが、その行動は駄々を捏ねている幼児のようだった。
……本当にふざけてるわ!
「落ち着いてくださいませ、ガーナちゃん」
「うわっ!? ちょっ、ちょっと! 痛いってば! 私が悪かったわよ! もうリンを攻撃しないから離してよ! 痛い!」
ライラは、穏やかな笑みを携えたまま、ガーナの腕を掴んだ。
「確かに、ちょっと殴ろうしたわよ!? それを事前に察するって予言の才でもあるんじゃないの!? 痛い痛い! ライラ、自分が怪力だってことを自覚してよ!」
見た目からは想像が付かない力で腕を掴まれたガーナは、痛みに顔を歪めて振り払おうとする。
……本当に怪力なんだから!
自覚が無いのだから、質が悪い。
解放された腕を撫ぜて、恨むようにライラを見る。
「……腕が折れるかと思ったわ」
しかし、相変わらず微笑んでいるライラを見ると睨む気力すらなくなる。
腕を掴んだ行為に深い意味などないのだ。
ただ、友人たちの間で繰り広げられる喧嘩を事前に阻止しようとしただけなのだろう。
分かっているからこそ、それを注意する気にもなれない。
「まあ、怪力だなんて心外ですわよ。でも、こればかりはガーナちゃんが悪いですわ」
「酷い! ライラも私を問題児だって言うの!? 親友なんだから私の味方をしてよね!」
「いいえ。親友だからこそ味方をできないこともありますの」
ライラの言葉を聞き、ガーナは不満げに目を伏せた。
「私たちが学園から立ち去った後のことが心配なのですよ。いつまでも一緒にいたいのですが、それは、母国が許しませんから。私も来年の今頃には王国に帰らなくてはなりません。ガーナちゃんもご存知でしょう?」
……わかってるわよ。みんな、居なくなっちゃうことくらい。
来年はガーナだけが学園に取り残されることになるだろう。
定められた留学期間以上に長居することは、許されない。
それ以上の安全は保障されないのだ。
留学期間内であったとしても、帝国の情勢が危うくなれば、国へと帰還することになるだろう。
そればかりは個人の我が儘ではどうすることもできない規則である。
「ガーナちゃんは、少し、問題行動を起こしてしまう癖があるのを、御自覚なさい」
……来年にはライラの小言も聞けなくなるんだよね。
イザトも学園にいられないだろう。
彼自身、自分のことを話そうとしない為、どのような事情をもっているのかわからないのだ。
「自分の首を絞めるようなことをしてからでは、遅いのですからね。私たちは心配なのです」
仲良く騒いでいられる日々は、時間が限られている。
いや、限られた時間だからこそ、互いに飾ることなく接することが出来るのだろう。
それぞれの生きる場所に戻れば、友人関係などあってないものへと変わる。
身分は友情の前に立ち塞がることだろう。
そうすれば再び笑い合うことはできないかもしれない。
「大切な親友の危機に助けられなくなることが辛いのですよ。わかってくださるでしょう?」
幼い子どもを宥めるように言葉を口にしたライラに対して、視線を向ける。
全てを包み込むような優しい笑顔を浮かべているライラを見ると、心が安らぐ。
なにもかも許されている気がしてくるのだ。
それは、永久に続かないことを知りながらも、離れたくはないと心が訴える。
「分かっているわよ」
このくだらなくも大切な日常が永久に続けばいい。
叶う筈もない気持ちを抱いてしまう。
「でもねぇ、私がなにをしたって言うのよ? 農民なのに成績上位者よ? 表彰だってされたもの。私はね、誰もが羨むべき存在よ! それなのに、どこが、問題児ですって!?」
先程の仕返しだと言わんばかりに、ライラの腕を掴みながら、ガーナは叫ぶ。
掴まれたライラは、相変わらず柔らかい笑みを浮かべ、どうしましょうと言いながら首を傾げていた。
それでも、困ったような素振りはない。
親友と自負するガーナが、自身へ攻撃を加えることなどありえないと信じきっているのだろう。
油断しきった態度を見つめていたイザトは、ため息を零した。
「それ、僕が覚えている限りだけどいい?」
「ふふふっ、よろしい! 発言を許可しよう!!」
「偉そうな発言だね。普通に言えないの?」
豪快に笑って見せたガーナに対して、イザトは笑顔を崩さない。
「仕方ないじゃない私だもの!」
東洋の孤島と呼ばれる桜華国独自の名を持つイザトであるのだが、その容姿は帝国民と何一つ変わらない。
「交流合宿の時に、男性用の大浴場を覗きしようとして反省文書かされていたよね。体育祭の時もルール違反するし、玉入れで思い切り人に投げて出場停止喰らっていたよね」
年齢よりも幼い容姿をしているものの、イザトは温和そうな笑顔を浮かべながら言った。
「文化祭の時も浮かれまくって他の部活に邪魔をしにいって、何か所か出入り禁止になったと思うよ。それに強化合宿の度に依頼のない魔物を持って帰ろうとするし、依頼者と喧嘩にもなるし。そういえば、校舎内の窓を壊したのは何回目だったかな? 一週間に一度はどこかの窓を割ってるよね」
それから、指を曲げながら次から次へと上げていく。
……あら、嫌だわ。よく覚えているんだから。
心当たりはある。
本日も反省文を書かなければいけないことを思い出した。
「毎回のように反省文を書かされていても懲りないね。問題ばかり起こしているのにどうして停学処分にならないのか、僕は不思議で仕方がないよ」
「停学処分になるわけがないわよ。だって、兄さんに泣きついてもみ消してもらっているもの!」
授業が始まる前に書いてしまおうと鞄の中に入れたままの白紙の反省文のことを忘れていた。
「うわ、最低だね。身内の権力を使うのはずるいと思うよ」
「なにを言ってるのよ? ライラやリンだって権力を使うじゃないの! 私にだってそれを使う権利はあるわ」
イザトがあげた出来事は、全て去年の一年間で起きたものである。
それには、ライラやリン、それからライラの後ろに隠れているリカも頷く始末だ。誰も否定することができない問題行動ばかりを引き起こすのは、いつもガーナなのだ。
「大丈夫よ。兄さんはそのくらいのことなら簡単だって言ってくれるもの!」
誰もが認める問題児は、他でもないガーナ自身だった。
それに気づいたのは、たった今、この瞬間だった。




