01-1.自分勝手で騒がしい。それが彼女たちの日常である
中等部からの全寮制であるフリアグネット魔法学園高等部の入学式を済ませ、新たに振り分けられた教室には、生徒で溢れている。
一か月程度の長期休暇の際、それぞれの故郷へと戻っていた友人たちと再会したからだろう。
「ふぅっ、今年もまたこのメンバーで集まってしまったようだね!」
ガーナたちは友人たちとの会話を楽しんでいた。
儀式的な要素の強い入学式では、満足に会話をすることが出来なかったからだろうか。
話題は、尽きずに盛り上がる。
中等部から同じ部活に所属をしており、共に過ごす時間が多かったからだろうか。
身分の差を気にしていないかのように笑い合っている彼女たちに向けられている同級生たちの視線は酷く冷めたものだった。
「まあ、ガーナちゃん。危ないですわよ」
「大丈夫、大丈夫! 私、落ちたことないからね!」
その場の勢いで窓際に座る。
開かれた窓からは、春特有の少しだけ暖かい風が吹き付ける。風に巻き上げられた花を捕まえようと手を伸ばしながら、ガーナは話す。
「みんな同じクラスになるとは運命としか言えないよね! 最高!」
運命だと語るガーナは、楽しそうだった。
ガーナの周りには、個性豊かな性格をしている四人がいる。
皆、楽しそうに会話を弾ませている。その中でも特に目立っているのはガーナだった。
「この運命を私たちは共に分かち合おうじゃないの!」
同級生たちからの冷たい視線に気づいていながらもガーナは素知らぬふりをして笑う。
見ているだけの人たちの言いたいことは、身分を弁えろというものだろう。
個性豊かな集まりではあるものの、明らかに身分が低いのはガーナだけである。
平民階級でありながら後ろ盾もない。
本来ならば孤立しているべき存在、というのが一般的な貴族出身の所為との考えだろう。
それはこの学園では普通のことである。
……変な組み合わせだけど。でも、友達ってそういうものよね。
そのような視線を感じていながらもガーナは堂々としていられるのには、理由がある。
友人たちのことが好きだからだ。
友人たちと一緒にいたい。
その気持ちがガーナを強くするのだろう。
「あぁっ!! 私の美しさって罪よねぇ! 運命の女神ですら私を羨み、そして私の都合の良いように運命を操っている気がするわ!」
ガーナがお道化てみせれば、ライラは困ったように笑ってみせた。
ガーナたちに共通点はない。
身分や生まれた国も様々だ。
それでも不思議なことに仲違いをするようなことはなかった。
共にいることを否定する人々の言葉に左右されることもなく、誰かから強制させることもなく、気付けば一緒に過ごしていた。
楽しそうに笑い合う姿はこの学園では異質なものだった。
「私って素敵じゃない? 今後は女神ガーナ様と名乗ることにしようかしら」
……なんて言ってみたけど、どうにも嫌な予感がするのよねぇ。
人数の関係もあり、普通科だけは三クラス用意されている。
それなのにも関わらず、五人が一緒のクラスになれたのは、なんらかの意図があるのだろう。ただの偶然だとは思えない。
……ライラたちを不安にさせる必要もないし。別にわざわざ言わないけど。
昨日の出会いのせいだろうか。
この組み合わせには意図を感じる。
「大げさかよ。というかさ、問題児を一か所に集めようっていう魂胆じゃね?」
ガーナをからかうようにそう言った少年、リン・ネイディア・ジューリアの言葉を聞き、ライラは思わず頷いてしまう。
「先生もさ、注意する手間が減る方が良いじゃん?」
リンの言葉通り、彼女たちは学園を運営する側から見れば問題児だろう。
一カ所に集めてしまえば管理がしやすいと判断されていてもおかしくはない。
「その問題児とは誰のことだい!? それに方言が強すぎて言いたいことがよくわかんないわー。田舎者みたーい!」
「えっ、自覚ないのかよっ!? 嘘じゃん!? って、田舎者って酷くね? お前だってフリークス領出身なんだから似たようなもんじゃねえかよ! 俺のところもお前のところも言葉はそんなに変わんねえじゃん!」
「ちょっと、やめてよね! 私は方言を使ってないじゃないの! 方言丸出しのリンと一緒にしないでよ!」
「痛ぇっ!! 髪を引っ張るんじゃねえよ!」
机の上に座っていたリンの髪を摑み、ガーナは引っ張る。
抜ける抜けると騒ぎ始めるリンに対し、ガーナは鼻で笑ってから手を離した。
……これで貴族様って笑っちゃうわ。
実際、何本か抜けてしまったリンの茶色の髪の毛を窓の外へと投げ捨てる。
国家間の交流が盛んだからだろうか。
「私の髪色の方が素晴らしく綺麗なのに」
様々な色合いの髪や眼を持つ者が多いことでも知られているライドローズ帝国の中でも、リンのような茶色の髪や眼は希少な部類に含まれる。
「薄い茶色の髪に執着をしちゃってバカみたい!」
その色は代々有名な魔法使いや魔女を輩出してきたジューリア公爵家の血を継いでいることを証明していると言われるほどだ。
「茶色というよりは金髪じゃないの。赤色だって混ざっていないのにそんなに自慢の髪なの?」
赤みを帯びた茶色の髪を大事にするのは、彼らの先祖には始祖がいたとされているからだろう。
……方言丸出しで貴族らしくないのに、そういうのは拘るのよねぇ。私はリンの茶色の髪が大嫌いだけど。
ジューリア公爵家の名を知らない帝国民はいないだろう。
神聖ライドローズ帝国時代から千年間、一度もその血が途絶えたことがないことでも知られている三大公爵家の一角だ。
「私には理解できないね!」
三大公爵家の中でも二人の始祖の血が混ざった家系として恐れられているからこそ、誇り高い者が多い。
リンのように方言で堂々と話をするのもジューリア公爵領で話されている言葉に誇りを持っているからなのだろう。
「は? なんだよ、別にいいだろ! それに俺の髪はロヴィーノ・レテオの血が強く出てんだよ!」
「へえ? 本当にぃ? 帝国民なら別によくある髪色じゃないの?」
「二人の始祖の血が混じってるからこの色なんだよ! ったく、なんなんだよ、いつもそんなにうざく絡んでこねえだろ。休み明けでおかしくなってんじゃねえの?」
「いやーん。女の子にうざいなんて最低ね!」
大笑いをするガーナに対して拳を握り締めるものの、それを振るうことはせずに我慢をするリン。二人のいつも通りのやり取りに友人たちは笑っているだけで助けを出そうともしない。
……始祖の血が混ざっているってそんなに大事なことなの?
平均的に三百年から四百年の月日を生きるとされている七人の始祖。
ライドローズ帝国を守護する偉大な英雄たちは死しても転生という形で蘇る。
伝承通りならば記憶も自我もなにもかも引き継いだ状態で転生されるというのだ。それこそが帝国を守護する偉大な始祖たちの在り方だと思っている人々も少なくはない。
ガーナもそうだった。
幼い頃から聞かされてきた始祖信仰を信じていた。
兄であるイクシードが始祖でありながらも傍にいたからだろう。
始祖たちにより帝国が救われているという信仰を信じて生きてきた。
……今の私にはそう思えない。
始祖信仰の信者だった。
その信仰が薄れてしまっているのを感じる。
それは始祖とは思えない振る舞いをするシャーロットと出会ったからだろうか。
神のように崇拝されている始祖たちがどこにでもいる人間であるようにしか思えない。