07-1.人間は化け物になれない
* * *
「……イザトがいなくなっちまった」
数日後、ガーナたちの前に顔を見せたリンは気難しそうな顔で告げた。
「わざと、手引きを、したの?」
リカは素早く質問をする。
いつもならば隠れているはずのリカが声を出したことに対し、リンは驚かなかった。
……知っているのね。
リカは聖女マリー・ヤヌットの転生者だ。
おどおどとした口調は直していないものの、千年近くの年月を生きてきた。常に怯えながら生きていたとは誰もが思わなかった。
「違う! ……誰がそんなことをするかよ。あいつが、勝手に出ていきやがったんだよ」
リンは反射的に声をあげたが、すぐに声色を元に戻した。
大きな声をあげられてもリカはびくともしなかった。
イザトが行方をくらませた。
それは反王政軍の手引きではなく、自らの意思で出て行ったらしい。と、一方的に伝え来たリンは不服そうな顔をしていた。
「……嘘」
リカは小さな声で否定した。
「シャーロットに会わせて」
「それはできねえよ。俺には権限がねえからな」
「わかった。それなら、場所、教えて」
リカは乗り込むつもりだった。
本来ならば始祖たちだけで物事を決めていく。その中に聖女が含まれていないことなど、よくある話だった。
聖女はお飾りに過ぎない。
本来ならば、予言者に選ばれていない英雄は英雄ではない。つまり、聖女はお飾りとして利用するものであり、生贄であり、仲間ではない。その扱いは千年間、一度たりとも変わったことはなかった。
「嘘じゃん。乗り込む気かよ」
リンは呆れたように声をあげた。
「まるで別人じゃん。いつもの怯えていたナカガワはどこにいったんだよ」
リンの言葉に対し、リカは目を伏せた。
リカにも変わらなければいけない事情があった。
「……わたしの、せいだから」
リカは消えそうな声で言った。
「わたしが、いけないの。だから、止めないと、いけないの」
リカの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「イザト君を、守らなきゃ」
リカの言葉に対し、リンは眉を潜めた。
イザトは自分の意思で革命軍を飛び出したと聞かされている。それが、どこまで真実なのか、リンにはわからない。
しかし、リカの言葉も嘘とは思えなかった。
「でも、シャーロットには会えないわよ。リカ。あの男に言われたでしょ。私たちはイザトの人質なのだから。私たちが生きているってことは、イザトはなにかの賭けにでたってことじゃないのかしら?」
ガーナはリカの肩に腕を回す。
振り払われることはなかった。
「私はよく知らないけど。あの男の言い分を信じるなら、私たちは人質の価値がなくなった瞬間に殺されるわ」
ガーナは断言した。
……きっと、あの男はそうする。
ロヴィーノは冷徹な男性だ。
必要のないものを生かしておく優しさを備えていない。
始祖としてガーナたちが不要だと判断すれば、イザトに対する見せしめとして命を奪いにくることだろう。
「……待って、いられるの?」
「待つしかないでしょ。私たちの出番になるまでは舞台裏で待機するのも、最高の役者のありかたよ」
「ガーナちゃんは、すごい、ね」
リカは瞬きをした。
それから涙を拭う。同情を誘う真似は止めるのだ。
「リカちゃん。ガーナちゃんのおっしゃる通りですわ。心配ですけども、待ちましょう」
ライラはリカの両手を握る。
大丈夫だと説得するかのようだった。
「……ライラちゃん」
リカは不安そうな声をあげた。
「国に、帰らせて、あげれなくて。ごめんね」
リカは巻き込んでしまったことを後悔していた。
それがライラの選択だと知っていた。それでも、謝らなくては気が済まなかった。
「私の判断ですわ。ガーナちゃんたちを置いていけませんもの」
ライラは覚悟を決めていた。
下手な手を打てば国を巻き込む大惨事になる。それをわかっていながらも、安全な土地にライラだけが逃げることはできなかった。
「なあに。リンったら、疲れ果てて今にも倒れそうよ」
「疲れもするだろ。家の中でバカ騒ぎしてるやつのせいで」
「へぇ。防音対策してありそうな豪邸で浮かれている人が私以外にもいるのね!」
ガーナはリンに椅子を譲る。
それをリンは拒否した。長居をすることが許されているわけではない。
「あら、かわらしい子どももいらっしゃるのですわね」
ライラは扉に手を掛けて覗いていたアントワーヌに気づいた。それに対し、林は反応に困るような顔をしてる。
……なんか、リン、変わった?
確信はなかった。
しかし、リンが疲れているのは四歳ほどの子どもに見えるアントワーヌがついて歩いているからだろう。
「アントワーヌ。こいつらは俺の友人だ。挨拶を」
リンはアントワーヌを招き寄せる。
その言葉に安心をしたのか、アントワーヌはガーナたちの前に姿を見せた。
「アントワーヌ・シャーロット・フリークスですわ。お父様のご友人方、どうぞ、お見知りおきを」
アントワーヌは古い型の挨拶をして見せた。
今どき、古風にこだわっている貴族ではなければしないような挨拶の仕方だった。
「……子ども、作ったの?」
「ちげえわ。俺の子どもじゃねえから」
「でも、この子、お父様って言ったわよ」
ガーナの指摘にリンは困ったような顔をした。
「アントワーヌの父親と俺は同じ名前なんだよ。今はシャーロットに押し付けられて、アントワーヌの父親代わりをやってんだよ」
リンはめんどうそうに説明をした。
その言葉をアントワーヌは肯定も否定もしない。リンの解釈に従うと言わんばかりの顔は、レインに似ていた。




