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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第5話 帝国の基盤が崩れる時、革命が起きる

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06-3.始祖の仕掛ける罠には餌が多すぎる

 ……執着?


 与えられた姓に執着心を抱いているとは考えてもいなかった。


 イザトは自分の本名を知っている。貧困街にいた頃はわざわざ本名を名乗るような機会には恵まれなかったものの、両親が付けた名だと知っている。


 ……そういうつもりはなかったんだけどね。


 アンジュはイザトの育ての親である。


 たとえ、イザトの両親の摘発を行い、処刑場に送り込んだのがアンジュであったとしても、イザトはアンジュに感謝をしていた。


 学園に通い、友人に恵まれたのはアンジュの提案によるものだった。


 せめて最後のその日までは普通の子どもとして生きてほしい。


 アンジュの願いをイザトは聞かされていた。それが本音か、嘘か、わからない。


「レイチェルと名乗っていた時よりも、今の名前の方が幸せの記憶が多いからだよ。それ以外の理由はないよ」


 イザトは友人に恵まれた。


 それがどうしようもなく嬉しかった。


「なるほど」


 ジャネットは理解を示した。


 ……ここからどうしようかな。


 イザトは考えなければならない。今までのようには過ごしてはいられないとわかっているからこそ、振る舞い方を変える必要があった。


 特殊能力の無効化は虚勢を張ったわけではない。


 確信があった。それはジャネットたちも同様だ。


「ミカエラとして生きるつもりはないのか?」


 ジャネットは問いかける。


 返答次第では行動を変える必要があるからだろう。


「ないよ。言ったよね、僕は僕だって。僕以外の誰にもなるつもりないし、僕じゃない人に主導権を渡すつもりもないよ」


 イザトは断言した。


 悩む必要はなかった。


「その考えを貫けるとでも?」


「貫くよ。僕の為だからね」


「言うのは簡単だ。だが、実現は難しいものだろう」


 ジャネットはイザトの考えを否定しなかった。


 ……不気味なんだけど。


 否定されると思っていた。不可能だと笑われると思っていた。


 それなのにもかかわらず、誰もがイザトの意見を否定しない。夢物語だと笑うことはない。しかし、それを簡単に成すことができないと誰もが知っていた。


「試練を与えよう」


 ジャネットは決断を下す。


「試練を乗り越えれば、我々は坊やに干渉をしない」


「失敗すれば?」


「その時は、坊やではなくなるだろう」


 ジャネットの言葉に対し、イザトは目を伏せた。


 ……冗談じゃない。


 巻き込まれたくはなかった。しかし、逃げ道はない。


 イザトが逃げようとすれば、人質の命は散る。ガーナたちの命を奪うことに戸惑いを抱くような相手ではなく、交渉する価値もないと判断されるだけだ。


 ……僕にメリットはないんだけど。


 与えられた試練を乗り越えたところで意味はない。


 今まで通りの生活には戻ることはできない。


「良いよ。その話に乗ってあげる」


 イザトは淡々と返事をした。


 作戦を考えたところで通じる相手ではない。それならば、相手の手のひらで踊り、隙を探した方が効率がいい。


「試練ってなにをすればいいわけ?」


 イザトは問いかける。


 ……無理難題を吹っ掛けられそうだけど。


 なにを言われるのか、想像がつかない。


 ジャネットの考えはわからない。


 彼の発言は始祖の総意だ。そこにはイザトの身の安全を守るような考えを提案する人はいない。


 ……人殺しだけはしたくないけどね。


 できないと断言はできなかった。


 必要であるのならば、他人の命を奪うことはできるだろう。それが大切な友人たちを守る為だと自分自身に言い聞かせれば、実行しなければならないと逃げ道を絶ってしまえばいいだけの話だ。


 罪を償う覚悟はある。


 死を覚悟していたのだ。罪の一つや二つ、増えたところでなにも変わらない。


 それでも、殺しだけは避けたかった。


 友人たちから非難をされたくなかったからだ。生きる為ならば手段を選ばないのかと避難されることだけは、避けたかった。


「簡単だ。テンガイユリの策に乗り、捕縛をされるだけだ」


 ジャネットの言葉にイザトは眉を潜めた。


 ……テンガイユリって、皇帝だよね。


 皇帝の策に乗る意味がわからない。


 イザトは反王政軍の旗印だ。それをわざわざ手放す必要性が理解できない。


 ……意味がわからない。


 ジャネットが作戦を放棄したとは思えない。


 おそらく、なんらかの意図があるのだろう。


「あのさ。皇帝はレイチェルの血筋を絶やすべきだって主張してるよね?」


「そうだが」


「それなのに僕が捕まりに行ったら、即死刑にされるんじゃないの?」


 イザトは呆れたように声を上げる。


 元々、イザトの死刑を求めていたのはアーロンだ。レイチェル家の血筋を残しているわけにはいかないと言い始め、イザトの両親を処刑台に送るようにジャネットたちに指示をしたのも、アーロンである。


 そのことを知らないはずがない。


「死刑される前に救出をする」


 ジャネットは駒を一つ掴んだ。


「これは賭けだ」


「賭け? そんなものの為に僕の命を使わないでほしいんだけど」


 イザトはため息を零した。


 ……試練の条件は変わらなさそう。


 与えられる試練は決められたものではなくてはならない。そうでなければ、ジャネットの提案はなかったことにされるだろう。


「賭けの対価は対等ではなければ意味がない」


 ジャネットは淡々と告げる。


「革命が成立するか、否か。見たくはないか?」


「興味ないよ。僕は現状に満足をしているからね。わざわざ、他人を巻き込むようなことをしたくはないんだよ」


「そうか」


 ジャネットは駒を指で圧し潰す。

 簡単に壊れてしまった駒の破片はチェス盤に落ちていく。


 ……怪力にも限度があるんじゃないの?


 ありえない力を見せつけられた気分だった。


「試練を乗り越えた後、再度、問うとしよう」


 ジャネットは薄気味悪い笑みを浮かべながら、告げた。


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