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ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない  作者: 佐倉海斗
第0話 少女は聖女に仕立て上げられる

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07-2.シャーロットの独白

「……鬱陶しいな。覗き見をされるのは好ましくない」


 身を隠していた路地裏の壁を殴る。


 私有地である学園都市の壁に亀裂が生じる。


 僅かな変化ではあったが、魔法学園の監視により破壊行動に対する警告の文章が現れる。それに触れ、一瞬で魔方陣を書き換えてしまう。


 ……魔術が使われていると聞いていたのだが。


 魔法学園を覆い隠している巨大な【結界】にはなにも変化はない。


 しかし、一瞬で書き換えられてしまった結界ではシャーロットの行動を監視することはできなくなってしまった。今頃、シャーロットの姿が消えたと監視班が焦っていることだろう。


 ……劣化版である魔法を教える為だけに大規模な施設を建てるだけはある。現代の魔法使いや魔女はその程度の存在となってしまったのか?


 当然、学園を覆い隠している【結界】が脆い造りをしている訳では無い。


 そのような造りをしているのならば、すぐに補強工事が行われる筈だ。


 ……愚かだ。


 望む気持ちは、理解してしまう。


 理解してはいけないのにもかかわらず、わかってしまう。


 ……滅びの危機を忘れると人間は弱くなってしまう。


 だからこそ、シャーロットは力を貸してしまった。


 願いを叶えるための可能性を掴める切っ掛けになればいいと打算的な考えを隠しながらも、手を差し伸べたのだ。


 ……私たちを英雄に仕立て上げたのは貴様だというのに。


 方法を教えてしまった。


 軽い気持ちだったわけではない。


「マリーよ。これが貴様の望んだ世界か」


 少しでも苦痛が緩和されることを願い、彼女を思った末に与えた方法だった。


 それは、不完全な形で発動されてしまった。


「ふふ、なんて愚かな女だ」


 壁に手を当てる。


 再び、少しずつ、亀裂が走る。


「愚かだからこそ愛おしいよ」


 マリーが施したのは、特殊な魔法だった。


 呪詛と呼ばれる世界にすら影響を与えてしまう魔法。通常の魔法とは異なり、失敗した場合、それ相応の代償が発生する。


「貴様はどこまでも私の邪魔をしてくれる」


 マリーは代償として自分自身を支払ったのだろう。


 しかし、帝国全土に広がってしまった呪詛を抑えるのにはそれだけでは足りなかったのだろう。


「可哀想に。貴様は死なねばならん」


 術者の命を喰らいつつも失敗した呪詛を止める為には、生贄を差し出す必要がある。それを分かっていたのだろうか。


「己の使命を恨め、恨みの中で死んでいけ。我らの愛しき帝国の民よ」


 確かめることすらも出来ないのならば、帝国の永久に続く繁栄の為と正義を掲げ、シャーロットはどのような行為でも手を染めるだろう。


 それは帝国の為になることだと罪なき命を刈り取ってしまうだろう。


「バカな女だ。貴様も知っていただろう」


 シャーロットはこの場にいない他人に語り掛けるように話を続ける。


「狂わせてしまったのだから仕方がない。それを補う為に新たな犠牲を生み出そう。それも聖女の正義によるものだ。皆、喜んで犠牲になるだろう」


 シャーロットの影は彼女の動きとは異なる動きをしていることに気付く者はいないだろう。


「なぜ、それを理解した上で失敗をしたのか理解ができんな」


 まるで、その中にいる何者かに話しかけているかのようだった。


「お前は聞いていないか? ギルティア。私の影の中に入っているのならば見ていただろう?」


「気付いていながら、ずっと、話してたんだろ。悪趣味な奴」


「影の中に忍び込んでいる奴に悪趣味と言われたくはないな」


 シャーロットの影から男性が現れる。


 青色の髪が印象的な男性は面倒だと言いたげな眼をシャーロットに向けていた。


「それに今の俺はイクシード・ヴァーケルだ。いい加減に覚えろよ」


「同じだろう。お前がそれに拘る理由が理解できないな」


「お前がそれを名乗れって言ったんだろうがっ。……あー、もういい。その顔は忘れてやがるな。このいい加減女。興味がなくなるとすぐに忘れやがる」


 男性、ギルティアことイクシード・ヴァーケルは大きなため息を零した。


 千年近くの付き合いだからだろうか。シャーロットの考えが分かるのだろう。


「狂った魔導書の代用品は見つかったか?」


「見つからねえよ。作った奴を探した方がよっぽど早いんじゃねえのかァ?」


「そうか。ジャネットに伝えておこう」


 千年前、それは人間の手によって作り出された。


 七人の人間を犠牲にして作り出されたそれは暴走しつつある。


 ……いや、あれは厄介な呪詛だと知っていたからこそか。


 呪詛により管理された世界を生きるよりも、呪われていない世界を望んだのだろう。それは人間としての歩みなのかもしれない。


 ……人間であることを望むか。私たちの運命を狂わせておきながらも、貴様だけが自由になるのはおかしいだろう。


 人間が人間であり続ける為の世界を望んだ。


 マリーはそういうものに拘る人間だった。


 それを知っているからこそ、シャーロットの中では様々な感情が蠢く。


「お前はガーナ・ヴァーケルの傍にいただろう。楽しかったか?」


「シャーロットがヴァーケル家に紛れ込めって言ったよな? お前が兄のふりをしろって言ったよな? なあ、俺が人間嫌いなのを忘れたとは言わせねーぞ」


「忘れていたよ。ギルティア。しかし、人間の真似をしながら理解のある兄の真似は楽しかっただろう? あの少女がお前を慕う様子をみれば、お前が良き兄であったことはわかったさ」


「本当に最低な女だな、お前。なんで嫌味しか言えねえんだよ。少しは労われよ。お前の為に仕事してきてやったんだぞ!」


 文句を言い続けているイクシードに対して興味がなくなったのだろうか。


「従者が主人の為に働くのは義務だろう?」


 シャーロットは魔法学園に張り巡らされている魔法陣を自分の都合のいいように作り替えていく。


 作り変えるついでと言わんばかりに不足しているところは補っていく。作業の片手間でからかわれていることに気付いたのだろう。


 イクシードはシャーロットの頭の上で両腕を組んだ。体重をかけても表情を変えないシャーロットに対して冷たい眼を向けている。


「なあ、ギルティア。あの少女は可哀想なものだな」


 強引に幸せを崩壊させるような発言でも、もっとしておけばよかった。


 そうすればガーナは希望を抱くこともなかっただろう。


「私たちは関わることもなく、どこにでもいる帝国民として生きる未来があったはずだ」


 それはシャーロットの心の中にも僅かに残っている良心からくるものだ。


 幸せそうに笑っていたガーナに忠告をすることはできた。


「彼女は幸せになるべきだった」


 それだけで止まってしまったのは、ガーナに選択肢を与える為だった。


「何度も経験をした。それでも、我が子と同じくらい愛してやまない領民を犠牲にするのは心が痛むものだな」


 その選択肢はないのも同然だ。


 それでも強制と自分自身の意思で選ぶのでは、気持ちが違うだろう。


 ……マリーの罪はマリーが片付けるべきものだ。ガーナ・ヴァーケルにとっては無関係なものだ。巻き込まれてしまったことには同情してしまう。


 使命を知らずに笑顔で生きているガーナを思い出せば、黙ってきたのが、正しいことなのではないかとすら思えてくる。


 ガーナの幸せを壊す資格などは無いのだと知っているのだ。


「私たちの呪いに巻き込むつもりはなかったのにな」


 ……彼奴の幸せも不幸も望めないとはな。


 それでも、それはあってはいけないことなのだと否定しなくてはならない。


「悲願を果たす為の犠牲とはいえ、あまりにも哀れだと思わないか?」


 帝国を護る為ならばどのような手段でも取ってきた。


 姿を変えて何度もこの世界に君臨し続けた存在として、本来の人間として姿がわからなくなっていた。


「ガーナ・ヴァーケルは本来ならば存在しないはずだった」


 ガーナは聖女の転生者である。


 しかし、本来ならば生まれてくるはずがなかった存在でもある。


 ……いっその事、殺してやれば良かったのか。


 帝国を守ることだけが存在意義であり、背負う罪への償い。


 そう信じているからこそ、後悔ばかりが心を支配する。


「マリーが失敗をしなければ彼女は存在しなかったのに、なんて可哀相なことをしてしまったのだろうか」


 ……全てが仕組まれたものだというのに。


 奇跡や運命だと笑いながら妄想を吐いたガーナの笑みを思い出す。


 それを否定するべきだったのだろうか。希望を持たせることは罪だろうか。


 ……あんな顔をするから、殺せない。殺したくはないと思ってしまう。


 幸せそうに笑っていた。

 その笑顔を奪えなかった。


「そう思わないか?」


 共に歩んできた聖女とはあまりにも違う姿だった。


 それさえも愛おしく思えるのはなぜだろうか。


「そう思うならなんとかしてやればいいだろ。同情したってなにも変わんねえんだからよォ」


「それは出来ない。私は他人を苦しめることだけしかできないよ。あぁ、残念だ。ギルティアも私と一緒だったな。二人ともあの子を救うことはできない」


「勝手に決めつけんじゃねえよ。ガーナ・ヴァーケルは生きてる。それが本来ないことだろうが、関係ねえ。彼奴は今を生きている。それが事実だろうが」


 イクシードの言葉に対し、シャーロットは首を左右に振った。


「そうだな。でも、それはあってはいけないことだ」


 生まれてくるべきではなかった命は長くはもたない。


 それを知っていながらも利用をすることに決めたのは、帝国の為だった。


「理解が出来ぬよ。彼女が帝国を愛する理由も、それ故に呪う意味も」


 聖女がなにをしたのかは、知っている。


 その術を乞われるがまま教えたのは、シャーロットであった。


 帝国を愛している彼女には出来ないだろうと、思っていたからの行為だった。


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